ここまで、単に水族館に留まらない、東京湾の海と空の環境を取り戻すという
葛西臨海水族園の大きな企てを見てきたわけなんですが、
じゃあ、実際の水族館機能についてはどうなの?という部分についてです。
そもそも、水族館っていつ頃からあるものなのでしょうか、
ただ単に小さな水槽に魚を入れて飼育する、観察する形式のものは古代からあったようですが、
大きさはどうあれ、まあ、それは、いわゆる金魚鉢ですね。
現代の水族館に通じる形式のものは1871年のロンドン博覧会からだといわれております。
建築の歴史には必ず登場するクリスタルパレスの中につくられました。
どこが画期的だったかというと、循環装置の発明によって水質の維持を可能にしたということなんです。
それまでの水槽は、みなさんの家の小さな水槽でもそうでしょうが、
海水であれ淡水であれ、定期的な水の入れ替えを必要としました。
水を入れ替えてもしばしば魚が死んでしまうこともありますよね。
その水の循環装置を発明した人は、ウィリアム・アルフォード・ロイド(William Alford Lloyd. 1824-1880)です。
そして、彼と共に水族館の父というべき人が、フィリップ・ヘンリー・ゴッス(P. H. Gosse1810-1888)です。
ゴッスは、博物学者で作家でもあるのですが、自分で海洋生物を飼育展示し、図鑑も作成するという活動をしていて、いわば、初代の「魚クン」みたいな人ですね。
この、ゴッスの水槽展示は生きたままのイソギンチャクを自然石や海藻を配して、人工海水での飼育も試みるという意味でも、
自然景観を模したジオラマ的な展示としては、画期的なものでした。
このゴッスの小さなアクアリウム(水槽展示装置)に、ロイドの水ろ過装置の発明が加わって、初めて近代的な水族館が確立したのです。
つまり、展示方法と展示システムの確率ですね。
これらが契機となり、ヨーロッパに水族館ブームがきます。
ハンブルグ水族館
ベルリン水族館 1869
洞窟を模したベルリン水族館の内部
展示水槽の下部構造に循環パイプや貯水槽を設け、蒸気機関で循環させていたという、
ロンドンのクリスタルパレスの跡地には、今も当時の遺構が残っています。
国に限らずなんですが、今でもデッカイ水槽で海水魚を飼育してるのはお金持ちの象徴ですよね。
それはですね、維持管理の費用がかかるだけでなく、24時間、365日、生き物の面倒を見る体制が採れていることを意味します。
また、未知の生物の生態を観察しその特殊な生活環境を再現し維持できるということは、その社会的な総合力を必要とするのです。
つまり、富と技術と教養の象徴が水族館でもあるのです。
1900年代に入ると、世界中の当時の先進的都市には水族館は必須のものとなってきます。
そうなると、当然のことですが、その国を代表する当代一の建築家が手掛けていくことになります。
1904年に建設され、米国のデトロイトに今もあるベルアイル水族館(Belle Isle Aquarium)は建築家のジョージD.メイソンとアルバートカーンによって設計されたものです。100年以上前の建築ですがその内部空間が素晴らしいですよ。
1911年に建てられたベルギーのアントワープ水族館。
これもベルギーアールヌーヴォーの旗手エミーレ・ジーレンツ(Emile Thielens1854-1911)の手によるものです。
100年以上を経過していますが、現役です。
すごいでしょう?
フィラデルフィア、フェアモント水族館も1911年に建設。アメリカに多い新古典主義の建築ですね。
ギリシャ、ローマ様式をモダンに扱っってパビリオンの集合として水辺に都市的な景観を生み出しています。
これも100年を経過して、現役です。
むしろ、発展的な展開をしていますね。
近代に登場した水族館を見ればですね、その都市の文化の成熟度や建築家の力量、そして、そこに暮らす人々の近代的な教養や美学が、
ノブレス・オブリージュが表出されているといってもいいでしょう。
つづく