ボルト不足問題について、現状を余すことなくお話した記事が、日本工業新聞社の埼玉建設新聞に掲載されました。
建設業界の声を代弁№3高力ボルト不足【上】/森山高至建築エコノミストに聞く
2019年4月10日 埼玉建設新聞
【まさに緊急事態】
行政はもちろん、銀行・建設業界・一般人など社会全体が早急な理解を--。現在、鉄骨造に欠かせない高力ボルトが不足していることをご存じだろうか。2018年夏ごろから起きた地震や大雨の影響により、高力ボルトの原料供給と製造が遅れだしたことに端を発する。納品が徐々に遅れ、3月時点では10カ月待ちとなっている状況だ。そこで建築エコノミストの森山高至氏へ問題について語ってもらったほか、県内外の建設企業を取材した。業界の声を代弁する形で全3回に分けて緊急連載する。
事態を大変危惧
【倒産もありうる】
この事態を大変危惧しています。高力ボルトの不足は、さまざまな問題へ波及する可能性が十分にあるからです。例えば、受注したけど納品できない、何とか納めようとして無理をするなどです。最悪のケースは資金回収できず、倒産する業者が出てくるかもしれません。もはや元請けゼネコンが下請け業者に「何とかして」と言うだけで、何とかできる段階ではないと感じています。
高力ボルト不足の問題は建設業界だけでなく社会全体に波及します。先ほど挙げた事態が起きる前に社会全体へ事実を周知し、世の中の人ができるだけ早く状況を理解しなければなりません。
【直前発注が通常/ボルトは生もの】
高力ボルトは、注文すれば1~2週間ほどで手に入るのが一般的な感覚です。高力ボルトがなければ全工程が遅れるので、下請けは、元請けから「何とかして」と言われ、納品在庫をかき集め始めたのが18年12月から1月にかけてです。最初のうちは、知り合いの業者から融通してもらったり、「メーカーが不揃いでも大丈夫か」と設計や元請けに相談したり、それこそ「何とか」対応していました。
「鉄骨と同時期に注文したらいいのでは」と思うかもしれませんが、高力ボルトは金属でありながら”生もの”に近いところがあります。高力ボルトには塗料や薬品などの防錆処理が施されているのですが、時間経過とともに劣化してしまいます。劣化によって錆びたり、想定より締まらなかったりすると、規定値を下回る可能性があります。つまり”生もの”のように、なるべく新鮮な高力ボルトが良いのです。
そういった意味で、すぐ手に入ることと相まって、直前に注文することが一般的でした。
【原因は地震・大雨/現在10カ月待ちも】
前提として社会全体で工場が減少傾向で、高力ボルトの製造会社は近年、余剰在庫を抱えないよう生産調整を行っています。さらに昨年の夏ごろにかけて、原料の特殊鋼を供給する工場が北海道胆振東部地震の被害を受けました。しばらくの間、操業が停止し、原料供給の遅れにつながっています。さらに大阪や広島などで発生した地震・大雨で高力ボルトメーカーの工場が被災し、高力ボルトの製造がしばらく停止となりました。
供給が遅れ始めた夏ごろは、問屋の在庫で対応していました。しかし10~11月になると「不足している」という話が出てきて、現場では高力ボルトのかき集めが始まりました。発注から納品までの「待ち」もどんどん延びている状況で、年明け1月時点で6カ月待ちだったのが、3月時点で10カ月待ちとなっています。中には注文を受けないケースもあるそうです。
【まず情報整理を/銀行次第で不況】
この事態を把握していない建設会社、設計会社がまだいるのが実情です。ゼネコンなどは、いち早く察知して購買部に対応を取らせています。国の動きとして国土交通省は昨年末に、日本鉄鋼連盟や日本建設業連合会など業界団体へ冷静な対応を要請しました。
国交省はいわば”買い占め”を止めるよう促した訳ですが、品物がないので、買い占めたくても買い占めれない状況です。むしろ、在庫を抱えている企業は、在庫情報を出して供給する必要があると感じています。さらに言えば、業界全体で間に合う工事・間に合わない工事を整理・情報化し、優先順位をつけるべきだと感じています。
建て主が我慢すればいいだけの案件もあれば、金融機関の融資が絡む案件もあります。例えば、いくつもの企業が投資したにも関わらず、半年~1年も工期延期となると、金利や家賃設定などの計算が変わり、黒字だったものが赤字になる可能性もあります。その状況で銀行が「何とかして」と言い始めると大不況になるかもしれません。
高力ボルト不足について、建築エコノミストの森山高至氏は「深刻な状況が社会的によく知られていない」と話す。施工者が納品できなければ、資金繰りに行き詰まる可能性がある。事態が悪化する前に、建設業界は早急に立ち上がらなくてはならない。行政も非常事態を社会全体に周知することで「担当者の責任ではない」という環境作りが急務といえる。加えて銀行や不動産などへ理解を得ることが肝要となってきそうだ。
【約4割が鉄骨造/先手打つ施策を】
このまま行くと五輪前に建設業界が危ない気がしています。と言うのも現在日本で建てられている建物の多くが鉄骨造です。国交省の統計では、昨年1年間にできた約60万棟の市場規模約27兆円のうち、約4割の約11兆円に当たるほどです。工事もあって仕事も決まっている。しかし納品ができない状況だと、お金が止まるので大変なことになるのではと危惧しています。
施工者の資金繰りが困難になると、寝耳に水な施主はパニックになってしまいます。騒ぎが大きくなる前に政府はできるだけ早く先手で施策を講じ、情報を開示し、社会全体に事態の深刻さを理解させる必要がある段階だと思います。
対応が後手に回ると、4月からの仕事が欲しい企業は「ボルトがなく、注文を受けれない」と言えないまま受注してしまうケースが出てきます。すると契約書を元に銀行で融資を受けながら、着工時にボルトがなく完成が遅れることが既に分かっている企業もいるでしょう。
【問題周知が急務/担当は責任なし】
公共工事の担当者は、完成が予定より遅れれば、評価がマイナスになることを恐れます。よって行政は、非常事態を内外に認めて、担当者が責められない環境を作ることが急務です。担当者の責任ではないという状況を作らなければ、評価マイナスを避けるため、「できます」などの報告を挙げ、現場がさらに混乱することも予想されます。
そのような最悪な事態を避けるためにも、行政は状況を把握すると同時に内外に向け、不可抗力で工期が延びることを周知する必要があります。特に公共施設は庁舎や病院、学校など重要な施設が多いです。よって建て替えなどの場合、既存施設の解体時期を遅らせるなど計画を見直す必要があります。さらに高力ボルトの単価が高騰しているため、工事費の見直しは必須となります。
【渋滞に近い現象/緊急融資制度も】
仮にまだ在庫を抱えている企業があるとすれば、業界を挙げて数を把握して日本全体で優先順位の高いものから順次配給できるか検討するべきです。配給を進める途中で、高力ボルトの生産も間に合ってくると思います。製造メーカーに聞いたところ、現時点では請け負える量を超えているそうです。しかし問題が落ち着いた時を見据え、機械は増設しないそうです。
また今回の問題は、生産不足の面がありますが、渋滞に近い現象と捉えています。例えば、ボルト不足を察した企業が昨年10~11月ごろ、必要数より多めに発注しているかもしれません。よって業界は、本当に足りないのか現状個数や多め発注数を正確に把握し、国・地方自治体・銀行・一般人など社会全体へ周知を図るべきです。
工期が延びたり、優先順位の高い工事から外れたりした場合、緊急融資などの制度を設けて救済措置を講じることが必要となります。そのような手立てがないと、業界全体が危なくなると危惧しています。
【数社は受注停止/業界は協力のとき】
高力ボルトメーカー数社からは既にフル稼働でも追い付かないため、受注をストップしたという話を聞きました。また原料の特殊鋼が車業界と取り合いになっています。業界を跨ぐ事案なので、国交省が間に入り、うまく調整する必要があります。今こそ建設業界の川上から川下まで一丸となって協力すべきときです。
つづく