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中央卸売市場制度って日本人の大発明なんだぜ⑫

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市場法のない時代の取引の仕組みについての解説の続きです。

 

商売というのは「安く仕入れて高く売る」のが基本といいました。

物の仕入れだけでなく、資源や労働力もそうです。

自然に採取・採掘できるならいかに労働力を安く抑えるか、ということになります。

なので、放っておくと、極限にまで安く仕入れるのが侵略と強奪、労働力については奴隷を使うということになる。

 

これは、歴史的にも世界共通のことのように思われますが、そうではありませんでしたよね。

中央卸売市場制度って日本人の大発明なんだぜ③

そのように極限にまで安く仕入れたり使役したりすることは、できません。

なぜなら、人間社会が壊れるから。

なので、知り合いとか、顔の見える相手、仲間意識がある範囲、当人がリアルに関係性を認識できる範囲が人間社会です。

 

逆にいえば、そのような倫理にもとる行為が起きるのは、当事者社会外からの調達をおこなっているということです。

社会の範囲認識が狭い、閉鎖した社会、ということです。

 

巨大都市が出現し人口集中が起こり極端な需要が発生しながら、市場法がなく、

それに則った中央卸売市場がないころの流通のシステムを図にしてみました。

 

この図において注目して欲しいのは、市場の中の構成が「問屋」と「仲買人」と書いてあるところです。

あれっ?確か・・今の築地市場って「卸(おろし)」、「仲卸(なかおろし)」じゃなかったっけ?と思われるでしょう。

そこがミソなのです。

現在でも混同して市場の内部の構成を「問屋」と「仲買人」と呼ぶ人もいますが、

市場法によって「問屋」「仲買人」という呼称は意図的に廃止されました。

意図的に、ということには意味があって、システムとルールの変更を意味しています。

つまり、食品流通の近代化、システムの刷新と共にうまれた人工的な新呼称が、「卸(おろし)」、「仲卸(なかおろし)」なのです。

なので、「卸(おろし)」、「仲卸(なかおろし)」という言葉そのものが、市場法と共に、日本近代化の象徴でもあるのです。

 

「問屋」、「仲買人」の時代の仕組みとはどういうものかといいますと、

 

まず、大都市の発生と共に人が集まってくるわけですから、人は毎日の食事を必要とします。

そして、大量の需要が見込めるところには、生産物を運び込みさえすれば、大量に売れます。

なので、この都市部の市場では仕入れ問屋が強いわけです。

 

「買ってやってる」です。いや、そうではなく「置かせてやってる」かな、

「持って来れるのなら置いてやってもいいが、売れるかどうかまでは知らんぞ」と、そういう認識。

 

神田の青果市場や日本橋魚河岸を例にとれば、江戸幕府御用達ということもあり、長い歴史的権威と財力をもって市場を完全に支配していました。これに対し、仲買というのは、長年問屋に勤め、問屋の旦那さんに丁稚奉公で忠勤を励んだうえで仲買となって者が多く、問屋と仲買というのは、ある種の主従関係という絆で結ばれていたのです。

 

 

さらに、小売商は商品を仕入れに市場に来ますが、問屋=仲買人からは「売ってやる」、「売らせてやる」という、現代からみれば主客転倒。

お客様は神様です、ではなく、問屋さまは神様です、といったような関係でした。

なので、市場で小売商は「売り子」とも呼ばれ、まともに名前で呼ばれるようではなかったそうです。

 

 

それだけでなく、市場取引も公開ではなく、すべて密室での相対取引。

価格決定権は、問屋が完全に握っており、取引価格は相手次第で変わります。

価格どころか、目の前に商品があっても問屋の気分次第で「お前にゃ売ってやらねえ」とか、「もう、売り切れてんだ」とか、

問屋の虫の居所が悪いと、追い払われるようなこともある。

 

かつての神田市場では明治初期まで「外道(げどう)」と呼ばれるような風習もありました。

「外道」とは、問屋が、納入する農家と小売商の双方から取引額の5分(5%)を取るという制度です。

いくらなんでも、なんにもしないで売買金額のさらに1割を取ることに腹を据えかねた有力な小売商(本郷:八百定、麹町:八百直等)が、問屋組合に「外道」廃止の申し入れをしたところ、問屋組合は小売商へ「市場出入り禁止、一斉不売」を申し渡し、最終的に小売商が詫び状を差し出すという結果をみています。

 

明治十五年頃には、小売商の販売力もついてきて、「外道」の風習も自然消滅していきましたが、それでも市場関係者の意識の中には「売ってやってる」「売らせてやってる」という雰囲気は残っていました。

まあ、現代でいえば一部のFCチェーンにおけるロイヤリティのもっと激しい版かもしれませんね。

 

つまり、市場内での問屋と仲買人と小売商の関係には、激しく非対称性があったのです。

 

日本橋魚河岸については全国に比肩する者なき繁栄を続けていたわけで、江戸幕府御用達ってだけでなく、権現様こと徳川家康公が直々のご沙汰により、開場したるにして、という権威と社会的地位がありました。

 

歌舞伎の演目や映画ドラマでも有名な「一心太助」をご存じでしょうか、

 

 

あの天秤棒一本で、盤台に魚を入れてお得意さんや路地裏を売り歩く魚屋さん、棒手振り(ぼてふり)と呼ばれました。

なぜ、「一心太助」の物語が面白かったかというと、長屋住まいの棒手振りの魚屋一心太助は、

義理人情に厚く気っ風もいいし、喧嘩も強いし、頼りになるってんで、ご新造さん達にも人気者なわけですが、

 

そもそも、太助は三代将軍家光様のご意見番ともいわれ初代徳川家康時代からの重臣大久保彦左衛門のところで奉公していました。

あるとき大久保家の腰元お仲が、彦左衛門にとっても命より大事な初代将軍様拝領という皿八枚のうち一枚を誤って割ってしまいました。

すわ、お手討ちか!とお仲が殺されそうになるのを知った一心太助。

彦左衛門の目の前で、残りの皿七枚をぶち割り、啖呵を切ります。

「皿一枚と人の命、釣り替えにされてたまるものか!皿のくせに人の命を取ろうたぁ、しゃら臭えやつだ!」とシャレも交えて

結果、彦左衛門もなかなかの御仁ですから、お仲および一心太助を許します。

一心太助はお仲を娶り、主人に詫び武家奉公をやめ、お仲の実家の魚屋で棒手振りとして働くようになります。

しかし、その後もことあるごとに彦左衛門から声かけられ、元部下として彦左衛門に意見したり、太助ならではの協力をすることとなる。

そんなお話です。

架空の人物とも実在の人とも諸説あります。

 

三木のり平さんの桃屋のCMにも出てきます。

 

https://youtu.be/zU28E4Gwl3Q

 

これが人気となったわけには、江戸庶民の代表としての棒手振りの魚屋さんと、幕閣に位置する大久保彦左衛門が実は通じ合って、江戸の街をよくしていく、という痛快さにあったわけですね。

 

現実には、魚河岸の中では問屋と仲買でさえ厳然たる上下関係があり、さらに問屋と小売商とでは、社会的にも経済的にも破格の違い、相互の関係にも意識にも画然たる敷居があったのが事実です。

 

日本橋魚河岸の大問屋の旦那衆が「殿様」なら、棒手振りと呼ばれる小売商は「水呑百姓」くらいに意識の違いがありました。

同等で口を利くなどまったく出来ないどころか、市場の運営について発言するなどもってのほかであり、逆に、問屋からは量目のゴマカシ、品物のスリカエ、を不正な取引が横行しても泣き寝入りする他ないというくらいにしがない立場だったのです。

 

これは、なんと江戸時代を超えて明治も超えて、大正時代に入っても続いていました。

つまり、市場法が制定されるまで、そういう状況と意識が続いていたのです。

 

つづく


東京都が農水省に提出した認可申請書をチェックする

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移転予定日まで1ヶ月を切った築地市場ですが、やはり様々名問題は未解決のままなんです。

 

 

7月に出たダイヤモンド誌の記事

豊洲市場、移転まで100日を切っても残る「5つの大問題」

 

週刊エコノミストの記事

10月移転は先送りすべき 解決していない豊洲問題 ■森山 高至

 

上記の記事でも詳しく書いてありますが、

要は豊洲市場は、築地市場の機能面をまったく無視した仕上がりになっているので、

いきなり機能破綻をしますよ、すると、大変な事態になるので、もう一度ちゃんと検討し直そう。

なんなら、外国人観光客に大人気スポットなのだから、オリンピック後でいいんじゃないか?

 

そういう主旨ですね。

 

そうしてましたら、東京都は農水省に認可申請書を提出したという、8月1日のことです。

いや、開場条件をいくつか満たしていないはずなのに…東京都はそこら辺をどう誤魔化したんだ?ということで、

認可申請書を見せろや!ごらー、と各方面から開示請求をしていたのですが、

東京都は、開示期日の延長を最大限二ヶ月まで延ばしてきやがりました。

 

どういうことかというと

 

東京都は

なにか、認可申請書の中に見られては困る要素があるので、

見られて指摘されると、農水省に突っ返されるかもしれないので、

認可が終わるであろう時期までは、

隠す、隠し通してやる、、、

 

ということなんですね。

姑息です、あくまで姑息な東京都です。

 

 

ところがですね、ツイッター民の@WadaJPさんが、

「出した側の東京都が隠しても、受け取った側の農水省は見せるんじゃね?」

という気転を効かして、農水省にも開示請求をしていました。

 

すると、すーっと出て来ました。

 

しかも、黒塗りヶ所はゼロ。

よく、聞きましたよね、公文書の開示請求をしても、真っ黒に塗りつぶしたような資料しか出してこない東京都の噂。

 

こんなやつですね。紙全体を真っ黒に塗りつぶしてある。

見せないようにしたうえで、「見せました!」と嘘つく手法、これが通称「海苔弁」です。

 

ほんっとに人をバカにした行為ですね。

タテマエ上は、個人情報に配慮して…とか詭弁を弄しておりますが、

公共事業の政策の内容がどのようなものか見せてください、というのが開示請求です。

で、請求があれば見せなければいけないのが、開示請求です。

 

しかも、開示請求にはお金も時間もかかります。

 

そこで、見せたくないと考えた役人は、このような悪事をやらかします。

 

Paint It Black  黒く塗りつぶせ

Deray Settlement  決定を遅らせろ

Dont know where it is  どこにあるか教えるな

Waste The Money  無駄金を使わせろ

and Force to Give Up  そして、あきらめさせろ

 

ローリングストーンズとか、シン・リジイとか、の歌詞や曲タイトル、パンクバンドみたいです。

 

で、出してくるものといえば、やはりハードコアパンクのような、真っ黒な紙きれ.

 

 

 

この黒い紙を渡されても、こんなふざけた黒い紙を入手するためだけでも、お金と時間がかかってしまうのです。

 

ふざけてるでしょう?東京都、とうか行政。

 

ところが!今回、農水省はオール黒塗り無し。

オール開示、開示だらけ、開示過ぎ、ていうか当たり前の開示なんですけどね。

 

なので、こういうサイトをつくりました。

 

公共黙示録カイジ

東京都が農水省へ提出したという、市場開場申請書を開示請求により入手しました。 それらをまとめました。

 

全部で二千枚を超える書類です。

 

この中身といえば、東京都が認可を得ようとして、虚偽と錯誤と粉飾の羅列という噂があります。

ぜひ、みなさんで中身を精査して、おかしなところがあったら農水省に教えてあげてください。

 

農水省

食料産業局食品流通課卸売市場室 

ダイヤルイン:03-3502-8237 

FAX:03-3502-0614 

齋藤健農水大臣のツイッターsaitou_ken

 

これを機会に、今後はネットワークを駆使して、みんなで、行政の公共事業計画の問題を見つけ出し、虚偽記載や詐称、粉飾、錯誤を添削し、間違った政策実行を防止できるような、ソーシャルシンクタンク、ソーシャル総研みたいなものが出来るといいですね。

行政の担当者一人だけではチェックのリソース足りませんから。

 

で、東京都の認可書類の見方なんですが、最初に見てほしいのが目次です。

 

 

この書類の構成がどうなっているかというと、たいがいの公的申請書がそうなのですが、

以下のような構成になっています。

 

まずは最初は、「許可をください。」

次に、「許可条件はこうなってますよね」

だから、「許可条件を整えました」

そして、「その証拠は以下です」

 

論文と一緒ですね。

 

仮説「豊洲市場は開場できるだろう」

手法「開場認可条件と照らし合わせてみれば」

結果「開場認可の規定を満たしているように書類を書きました」

結論「なので、どうか、認可してください。ていうか13日に開場イベント段取ってるんや、どうにかせいや!」

 

という就職が決まったダメ学生が、担当教授に泣きつき、そして脅すような体裁を取っています。

 

 

さあ、中身をチェックしてみましょう。

 

つづく

 

 

 

 

 

 

豊洲市場開場認可で都が国を騙す。七つの大罪

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東京都の豊洲市場開場認可申請のチェックをしてやろう、の続きです。

 

この1週間、いろんなことがありましたね。

 

ちょうど先週のことですが、いきなり、豊洲市場が地盤沈下しました。

農水省が会場認可をしたばかり、

で、小池都知事がシメシメと(農水省の責任ということにして)安全宣言したりして、

その直後のこと

 

 

私も、この日、移転準備がうまく進められない業者さんの相談で築地市場に居ましたが、

ガンガン電話かかってきました。「沈下じゃー、沈下じゃー」っと

私はすぐには豊洲市場に行けなかったので、知り合いのTV局ディレクターさんに連絡しました。

 

その後、確認しましたが、基礎から地盤面は十数センチ沈んでいました。

 

 

沈むだけじゃなく、コンクリートとアスファルトはなにか肌別れして、ほんの少しではありますが空洞化している印象。

 

翌日に祈念式典を控えたて、何やら暗雲垂れ込める雰囲気です。

 

その日の報道で使われていたフリップが大変興味深い。

 

 

11日おととい 農水大臣が認可

11日おととい 小池知事「安心・安全」をアピール

12日きのう ひびわれの発見

13日明日 記念式典

 

となっています。

 

その翌日、14日はですね、さっそく豊洲市場の解体工事が始まっていましたね。

この動画6万7000回も再生されて話題になりましたが、

 

これ豊洲市場の駐車場ですが、車両の長さが普通車設定だったらしく、これじゃロングも停車できないじゃんか!と車止めから何から重機で壊してました、もう開場から一ヶ月切ってるのに。この駐車場設計したヤツやっぱバカじゃん、でこの手直し工事の費用はバカの責任なのか?という動画です。

https://twitter.com/mori_arch_econo/status/1040595256410923008

 

そして15日のことですが、その認可をした斎藤農水大臣の辞表騒ぎ

 

斎藤農水大臣は石破派ということで、政治に詳しい人によれば、現役大臣が総裁選で反目に回ることは閣内不一致につながるんだとか、ならば辞職もありうるんだとか…

 

何か、豊洲市場の開場を取り巻く状況が次々と変化します。

 

16日は何があったのか、というと

 

築地に出入りする業者さんたちが、ほぼ初めて豊洲市場を見に行ったというミニ習熟訓練。

大渋滞しました。

 

普段の築地に出入りする車両はこの4~5倍ありますが、混乱必至どころかたどり着けないかもしれない、ということが判明しております。

 

そして、これまで東京都の言うことをただ垂れ流してきてた新聞も、とうとう問題を報道しました。

 

その翌日17日のことでした。

築地には潮待茶屋という施設がありまして、そこには茶屋番さんという方々がいます。

茶屋の機能についてはこちらで解説してます。→築地再生計画はじめました⑬

 

猿渡 誠(さわたり まこと)さん

 

築地で長年茶屋番さんを務められてきた猿渡(さわたり)さんという方がいらして、私も何度かお話をお聞きしているのですが、

https://twitter.com/mori_arch_econo/status/1027159076541685760

 

猿渡さんは、築地にある水神社を毎日、一日も休まずお世話をされ清掃し、誰に頼まれたわけでもないのに、自ら進んで管理されてきました。

魚の命をもらうことで我々が活かされているというこを念頭に置いて、大自然への畏敬を込めて、東京の大都会の真ん中の市場の中で、水神さまを斎(い)ついてこられた。

そういう方です。

 

その猿渡さんから、営業権で築地の解体を止めよう、とメッセージが発信されました。

 

これはですね、東京都の手続きミスです。

これまで、一切、築地で働く方々との全体の話し合いの機会をもたず、強引に計画を進めてきたことが、行政行為に多くの落ち度があったことが判明し、築地解体工事がとまるかもしれません。

東京都は、猿渡さんのような生真面目で一本気な人を本当に怒らせている。

そこに連なる多くの生真面目で一本気な優しい日本人達、全員を怒らせている。

 

都がこれまでやってきたことは、そのようなことを意味しています。

 

で、18日ですが、

すごい本が出ました。

 

現場のトラッカーに訊いた 巨大な日本の台所は、無事に機能するのか!?大丈夫か!?

 

 

大丈夫ではありません。

全然ダメダメです。

豊洲市場の問題点はここだ!

 

バースのピッチ狭すぎ
すれ違えないスロープ
ターレ専用道ギリギリ
荷物が下ろせない屋根無し待機所

豊洲市場を実際に見たトラッカーさん
「このスロープの角度じゃ、トレーラーに満載状態じゃきついなぁ」
「こりゃダメだわ。雨が降ったら上れないぞ」

 

これらの真実をきっちり書いて、真のジャーナリズムを見せてくれたその雑誌とは!

 

 

トラック魂と書いて、その名も「トラック魂スピリッツ」さんです。

 

 

じゃーん!トラック専門誌、デコトラマガジンです。
トラック魂(スピリッツ) 2018年 11 月号です。

 

その衝撃が冷めやらぬ19日、

東京都がとうとう訴えられました。

 

 

これまでですね、嘘ばっかりついてきたからです。

 

東京都が農水省に提出した開場認可書類ですが、国を騙しています。

 

認可書類で騙したのではなく、これまでも様々な省庁に対し、手続き、法律、基準、数値、データ、数値、計算、物理、化学、生物、数学、

もう中学高校でいうところの全科目、国語、算数、理科、社会、英語や歴史、経済、倫理、

全科目で虚偽や騙しのオンパレード。

 

もうですね、認可書類のチェックどころじゃない。

 

なので、このシリーズの名前を変えました。

 

「豊洲市場開場認可で都が国を騙す。七つの大罪」

 

都が国を騙しにかかる下剋上。

もしくは、江戸町奉行の分際で老中、大老、将軍様を喰いにかかる。

 

七つの大罪とは何か、国の機関のどことどこを、何省の何庁のどこのセクション、

どこの室長や部長や課長を騙しにかかっているのか、ひも解いていきたいと思います。

 

本日、20日は平穏ですが、今のところ。

オンタイムで床が沈下?とかいう噂も立っていますが、

 

明日、21日は大変なことが起きるでしょう。

 

つづく

 

 

豊洲市場開場認可で都が国を騙す。七つの大罪③

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これは、今から2ヶ月ほど前の記事

「週間エコノミスト」7月31日号です。

 

 

 

 

これ、二年前から言われてたことばっかりなんです。

 

つづく

 

豊洲市場開場認可で都が国を騙す。七つの大罪④

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東京都の豊洲市場開場の認可が

卸売市場法に則しているのかどうなのかについての検証を続けます。

 

 

卸売市場制度というものは、国が長年にわたる苦労の末に、やっと定めることが出来たものであることは以前にご紹介しております。

中央卸売市場制度って日本人の大発明なんだぜ⑪

 

そして、卸売市場制度の目的もガッチリと法律の第1条に書かれております。

 

「生鮮食料品等の取引の適正化とその生産及び流通の円滑化を図り、もつて国民生活の安定に資することを目的とする。」

 

上記で太字にしておきましたが、目的は大きく3つです。

1.取引の適正化

2.流通の円滑化

3.国民生活の安定

 

つまり、卸売市場制度がなかったころは、

不適切な取引がまかり通り、流通が停滞し、国民生活が不安定であった、ということを意味しています。

それも、ここで解説しましたね。→中央卸売市場制度って日本人の大発明なんだぜ⑦

 

その3大目標をクリアしてるんでしょうか?

 

卸売市場法に限らず法律文書というのは一見すると大変難しい、面倒な第何条について以下何項をもとにし…、

と大変にややこしいイメージを持ちますが、

どの法律もですね全体像をひもとくと、大枠から段々細かい話しになる、そういう構成になっています。

いわば、機械やスマホの説明書や、プラモの組み立て作業手順書、料理のレシピといっしょなんです。

 

そして、何十年も使えるようにということで、なるべく平易な言葉づかいで書かれている。

さらに、人によって解釈のブレがないように、定義や範囲を細かく決めてある。

第○項によれば…というのが初めて接したときにややこしくなるんですが、

その理由は文章を簡潔に厳密にするためと、同じ言葉が出て来たときには繰り返し使わず、

第○条の第○項(前に書いてあるでしょう、そこを見てね、という意味)による、を多用しているからというだけなんです。

 

だから、たとえばラーメンをつくる手順ですら、法律的に書くと、ややこしく見える。

 

 

1条 目的

 ラーメンを客に饗することを目的とする

2条 素材

 以下を素材とする

 1.水 2.長ネギ 3.鶏ガラ 4.醤油タレ 5.塩 6.ごま油 7.中華麺 8.チャーシュー 7.シナチク

3条 調理

 1.鍋に2条1項を入れ沸騰させ2条2およびを2条3を入れ出汁をとる。

 2.前項と異なる鍋にて第2条7項を、約5分程度茹でる。

 3.丼に第2条4項を入れ、3条1項を入れ攪拌、前項を湯切りした後、静かに流し入れる。

 4.3条1項で使われなかった第2条2項を斜め切りにしたもの、および薄切りにした第2条8項、9項を載せる。

 5.2条5および6を好みにより追加し調整する。

4条 給仕

 前条をすべておこなった後に出来上がったものを盆に載せ客に出す。

5条 付則

 本法律に規定するもののほか、塩ラーメン、味噌ラーメンは、さらに政令で定める

 

一度でもラーメンを作ったことがあれば、この法律条文的な表現をされても内容がわかりますが、

上記の「3条 調理」だけを取り出されると、なんだかすごく面倒で怖くなるでしょう。

ところがですね、一度アタマに入ればそれだけのことです。

 

そして、どの法律も言葉の定義から入ります。

 

卸売市場法も、以下のような構成になっています。

 

 

卸売市場法

 

第一章 総則(第一条―第三条)  目的と言葉の定義 卸売市場とは何か?について記述してあります。
第二章 卸売市場整備基本方針等(第四条―第六条) 卸売市場の目的を達成するにはどうしなきゃいけないか


第三章 中央卸売市場   ※この七条から十四条が一番重要なところです。
第一節 開設(第七条―第十四条)   農水大臣は何をしなきゃけいないか、知事は何をしなきゃいけないか、が書いてあります。


第二節 卸売業者等(第十五条―第三十三条) 卸売業者になるには農水大臣の認可が必要です。 仲卸業者は知事の許可が必要です。
第三節 売買取引(第三十四条―第四十七条) 売買取引は、公正かつ効率的でなければならないと決められています。

※特に重要なのは卸売業者が自分で仕入れで自分で小売する、自己買いの禁止です。 

※一方、仲卸業者は卸業者以外からの買い入れは可能です。産地買い、同業者買いです。


第四節 監督(第四十八条―第五十一条) 農水大臣は知事と卸売業者を監督します。知事は卸売業者、仲卸業者、買参人を監督します。


第五節 雑則(第五十二条―第五十四条) 卸売業者が業務を行えないとき、知事が卸売業務を出来る、という意外な決まりがあります。

これはおそらく、卸売市場法は食料流通の安定を期して、大正時代の米騒動の折に整備された法律ですから、なにかの経済混乱の折には民間の卸売業者に代わり、行政が食料調達をするように…との意図でしょう。

 


第四章 地方卸売市場   ※地方卸売市場については都道府県知事が認可し監督します。
第一節 開設及び卸売の業務についての許可(第五十五条―第六十条)
第二節 業務についての規制及び監督(第六十一条―第六十六条)
第三節 雑則(第六十七条―第六十九条)  ※知事でいろいろ決めたり監督できるけど農水大臣に後で報告するように、という決まり。


第五章 都道府県卸売市場審議会(第七十条・第七十一条)
第六章 雑則(第七十二条―第七十六条)
第七章 罰則(第七十七条―第八十三条)  法律違反に対する罰則。2年以下の懲役もしくは罰金200万円が最大。
附則

 

***********************

 

法律の構成を見ると、上記のように、そのほとんどが農水大臣の判断と監督に帰すようになっております。

 

判断と監督です。

 

 

 

 

そして!特に重要と思われるのが、第十条です。

 

 

(認可の基準)
第十条 農林水産大臣は、第八条の認可の申請が次の各号に掲げる基準に適合する場合でな
ければ、同条の認可をしてはならない。


一 当該申請に係る中央卸売市場の開設が中央卸売市場整備計画に適合するものであること。


二 当該申請に係る中央卸売市場がその開設区域における生鮮食料品等の卸売の中核的拠点として適切な場所に開設され、かつ、相当の規模の施設を有するものであること。


三 業務規程の内容が法令に違反せず、かつ、業務規程に規定する前条第二項第三号から第八号までに掲げる事項がが中央卸売市場における業務の適正かつ健全な運営を確保する見地からみて適切に定められていること。


四 事業計画が適切で、かつ、その遂行が確実と認められること。

 

*******************
 

 

一から四の基準に適合していなければならない。そう書いてます。

 

その基準とは、農水省の中央卸売整備計画にのっとっているか、つまり農水省の方針にあってるか?という問題

そして、「適切な場所で相当の規模」であるということ、つまり豊洲市場の場所や広さが適切であるのか?という問題

 

次に、「法令違反はないか?」という点と、(前条第二項第三号から第八号までに掲げる事項が)「適性で健全な運営」ができるか?ということ、

最後に、「事業計画が適切で、確実か、嘘じゃないよね?」と問うています。

 

適切か、適切か、適切か、をこれでもか、これでもか、と問うていますね。

同時に、嘘じゃないよね、確実なんだよね?とも釘も刺しまくっていますよね。

それほど、嘘や騙しを警戒しているのが、卸売市場法の思想、法の骨子、歴史的にも農水省の方針なわけです。

 

前条というのが出て来ましたが、これは十条の前の九条という意味ですから、

卸売市場法の九条を見て第二項第三号から第八号までを確認しますと、以下のように説明してあります。

 

 

(認可の申請)
第九条 前条第一号又は第二号に該当する地方公共団体は、同条の認可を受けようとするときは、業務規程及び事業計画を定め、これを申請書に添えて、農林水産大臣に提出しなければならない。
2 前項の業務規程には、少なくとも次の各号に掲げる事項を定めなければならない。
一 中央卸売市場の位置及び面積
二 取扱品目
三 開場の期日及び時間
四 卸売の業務に係る売買取引及び決済の方法(委託手数料に関する事項にあつては、農林水産省令で定めるもの)
五 卸売の業務に係る物品の品質管理の方法
六 卸売の業務を行う者に関する事項
七 卸売の業務を行う者以外の関係事業者に関する事項(この章において業務規程で定めるべきものとされた事項に限る。)
八 施設の使用料

3 第一項の事業計画には、次の各号に掲げる事項を定めなければならない。
一 取扱品目ごとの供給対象人口並びに取扱いの数量及び金額の見込み
二 施設の種類、規模、配置及び構造
三 開設に要する費用並びにその財源及び償却に関する計画

 

********************

 

この三から八の中でも特に気になるのが

三 開場の期日や時間が適性で健全か?  「2018年10月11日が適性なのか?」都知事!

五 物品の品質管理が適性で健全か?   「露天やコールドチェーンが切れたりしてないか?」都知事!

八 施設使用料は適性かつ健全か?     「駐車場料金がいきなり数倍とか茶屋がないとかやらかしてないか?」都知事!

 

と、農水大臣が問うています。

ていうか、「キッチリ問わなきゃなんねーんだよ!農水大臣!」ということですね。

 

 

 

 

この十条に続いて、私が重要だな、と考えているのが、第四十九条と五十一条です。

それは、この法律に違反した場合、農水大臣は市場開設者である知事を処分できる、必要な措置を勧告する、というものです。

 

(監督処分)
第四十九条 農林水産大臣は、開設者が、この法律若しくはこの法律に基づく命令又はこれらに基づく処分に違反したときは、当該開設者に対し、次に掲げる処分をすることができる。
一 当該違反行為の中止、変更その他違反を是正するため必要な措置を指示すること。
二 中央卸売市場の開設の認可を取り消し、又は一年以内の期間を定めて中央卸売市場の業務の全部若しくは一部の停止を指示すること。

(必要な改善措置をとるべき旨の勧告又は命令)
第五十一条 農林水産大臣は、中央卸売市場の業務の適正かつ健全な運営を確保するため必要があると認めるときは、開設者に対し、中央卸売市場の施設の改善、業務規程の変更その他の必要な改善措置をとるべき旨を勧告することができる。

 

*******************************

 

農水大臣は開設者である都知事が法に違反したときには

 

農水大臣は東京都知事を処分できる、

農水大臣は中央卸売市場の開設の認可を取り消すことができる、

農水大臣は中央卸売市場の業務の全部若しくは一部を停止することができるんです。

 

 

えっ?

とか思ってる場合じゃないぞ

 

 

 

 

 

 

……

 

 

嘘や騙しを警戒しているのが、卸売市場法の思想、法の骨子、歴史的にも農水省の方針なんですよ!

 

 

 

 

 

 

つづく

豊洲市場開場認可で都が国を騙す。七つの大罪⑤

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一昨日のことですが、突如、豊洲市場で水が湧く!という大事件がありました。

しかも、その水は臭いというのです。
https://youtu.be/F0ihNU9G_S0

音楽ホール「普門館」はなぜ吹奏楽の聖地となったのか①

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今年の春のことでしたが、ちらっと耳にしたニュース。

音楽の甲子園が閉鎖になるらしい…

 

その時点ではですね、正直あまりその意味を理解していませんでした。

そもそも、吹奏楽に接したのは、

小学校の音楽の授業で熱心な先生が鼓笛隊にホーンを加えたとき以降

中学と高校のブラスバンド部の友達がやっていたなあ…という程度

京都アニメーションの「響け!ユーフォ二アム」というアニメがあったなあ…という程度

 

 

もちろん、さまざまなイベントに吹奏楽団は出ているし、元ブラスバンド部の友人も多数います。

あの金属のメカニカルなデザインから奏でられる音、真鍮と木の組み合わせのディテール、

金楽器を演奏できるとカッコいいなあ、とも思ってました。

 

コントラバスクラリネットの奏者の音楽家の方の家も設計したことありますし…

意味を理解できていなかったのは「吹奏楽の甲子園」というところです。

もちろん、この表現を見るとピンとはきますよ、サッカーの国立、ラグビーの花園とかみたいに、

ブラスバンド部が年に1回とか全国大会やるんでしょ?という風に。

具体的にイメージできなかったのは、その甲子園とやらが一体どこにあるのか?を知らなかったからなんです。

甲子園なんて呼ばれるような場所があんの?と

 

ところが、俄然、興味を持ち始めたのは、甲子園ということは知らないんだけども、よく知ってる建物でした。

それが「普門館」です。

 

もう30年近く前から、その存在は知っていました。

大学の建築学科の頃に、友人と車で環7を走っていて、

 

 

ふと、あれっ?

 

 

「あれっ?今の、なになになに!なんかチベットみたいの?お寺みたいの!」ということで、折り返して近くに行ってみる。

うわっ、なんだ?この建築?

雑誌とか、新建築とか近代建築図集とかに載ってないけど!

 

 

カッコいいじゃん!

黒川紀章?丹下健三?大谷幸夫?菊竹清訓?

それとも、やっぱ、碧いニルヴァーナ?

 

 

という、建築学科の学生なら思うに違いない建物でした。

それが「普門館」との出会い。

 

その後、いろいろと現代建築の知識が増えていくと、どこの建築家の作品集にも評論集にも上らないこの建築のことは、

いつのまにかその存在すら忘れておりました。

 

はずかしながら、不肖、

その、普門館が吹奏楽の聖地だったんだ、ということは、解体のニュースを聞いて初めて知ったのです。

 

つづく

音楽ホール「普門館」はなぜ吹奏楽の聖地となったのか②

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「普門館」がなぜ、吹奏楽の聖地になったのか、の続きです。

 

そもそもですね、世の中のあらゆる場所に建物がありますが、一朝一夕には聖地にはならない。

凄いお金をかけた建物だからといって、そのほとんどは聖地ではありません。

むしろ、まず、聖地にはなかなかならないんです。

 

 

 

それを狙って企画したからといって、町興しイベントをしたからといって、まず聖地化しない。

アニメやマンガの聖地と言われるものの大半は、あくまで狭く深いファンだけのものでしかなく、一過性。

ましてや、老若男女の多くの方々が聖地として認めるためには少なくとも3世代くらいは歴史がほしい。

 

高校野球の聖地といえば、言わずと知れた甲子園球場。

大学野球の聖地は神宮球場。

高校サッカーの聖地といえば、旧国立競技場。

ラグビーの聖地は、花園ラグビー場ですよね。

格闘技の聖地は、後楽園ホール

かるたの聖地は、近江神宮…

 

他にざまざまな聖地があります。

 

 

これらの聖地が少なくとも3世代に親しまれるまでには、一世代を約25年間隔と目安にすると

祖父祖母が15歳で目標としたその場所が、子供の代で25年後、その孫の代で25年後ですから最低でも50年はかかる。

 

甲子園球場は、その名のとおり甲子(きのえね)の年、1924年(大正13年)完成。

全国高校野球選手権の代10回から使用されすでに95年、もうすぐ100年の歴史があります。

神宮球場も大正時代の1926年(大正15年)で92年。

花園ラグビー場は、日本初のラグビー専用スタジアムとして1929年(昭和4年)完成、89年の歴史です。

3年前、大変物議をかもしだした、旧国立競技場は1958年(昭和33年)、60年を目前にして解体されちゃいましたね。

後楽園ホールは1962年、高度成長期にプロレスやボクシングのテレビ放送と共に全国にその存在が広がっていきました。

近江神宮は1945年創祀されたもので、かるた開きの儀は、1951年(昭和26年)から始まったものです。

 

 

 

なので、既に聖地化している場所や建物は単にそれだけで貴重なのです。

 


「ボルトがない!」で建設パニック

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ボルトが足りないから工事が出来ない。

 

 

この話、夏場くらいから、一部の専門業者間では話題になっていたんです。

秋口以降、もっと需給が逼迫するんじゃないか?と

 

ボルトといってもただのネジとナットではなく、鉄骨工事をおこなうときに鋼材と鋼材をくっつける、接合するためのボルトのことです。

「高力ボルト」といいます。たかりきボルト?いえ、こうりょくボルトと呼びます。

 

 

鋼材の縁と縁に、重ね合わせた鉄板を挟み込んで締めつけて接合します。

上の写真のように、小さな梁でも継ぎ手にはこのボルトが十数本も使われていますよね。

 

もっと、大きな工事。

高層ビルとか、橋とか、高速道路とかでは、これでもか!っていうぐらい、

ヘビメタの革ジャンの鋲のようにボルトが打たれています。

 

東北自動車道の橋桁鉄骨の接合部 (高力ボルト220本以上あります)

 

この高力ボルトが足りない。

 

夏の時点で予想されてはいました。

…高力ボルト素材である特殊鋼棒線は非常にひっ迫している。需要増に見合う材料調達の環境が依然として厳しく、この状況は長期化している。先行きも旺盛な需要が見込まれるため、需給が一段とひっ迫する中、高力ボルトメーカーの受注残の伸びが顕著で、秋口以降はさらに勢いが増しそうな状況。商社筋は「足元、M22の太径などが枯渇している。品目によっては、発注からリードタイムが3カ月以上、もしくは年内は厳しいレベル。異常事態だ」と話す。…

 

本年の8月13日時点での鉄鋼新聞の記事ですが、予想どおり、というか予想以上に逼迫してきている。

 

私のツイッターフォロアーさんで、ぱるっくさん鉄骨工場の方からも、全構協からお達しが出たとの情報がありました。

2018年11月30日

 

全構協とは、一般社団法人 全国鐵構工業協会のことで、日本全国で2000社以上の鉄鋼に関わる会社が加盟している団体です。

そこが緊急事態を宣言しているという。

 

 

繰り返し「秩序ある対応」と書かれていることが不気味です。

要は「買い占めをするなよ」ということでしょうが、そもそもボルトは買い占めするようなものではなく、

工事の都度々で直前に発注、納品。

いつでも買えるような感じだったわけです。

 

それが、既に納品に6ヶ月かかる。

ということは、6ヶ月前に発注…と言われても、

そもそもボルトが必要になる6ヶ月前は、まだ設計中とか許認可中とかで、

正確な鉄骨構造が決まっていなかったりする時期。

 

だから、6ヶ月前の注文など、当てずっぽうになってしまう…

当てずっぽうなら、人々は安全側に寄る。

つまりは、多め多めの注文。

 

 

鉄骨工事のボルト?

橋桁とか鉄骨とかデッカイものならすぐに出来ないかもしれないけど

ボルトぐらいすぐに出来るんじゃないの?と思われるでしょう。

 

そうはいかないんです。

 

これは、ですね、ちょっと大変な事態なんです。

 

食料業界で「お米がない!」とか、

衣料業界で「ボタンがない!」とか、

医療機関で「注射針がない!」とか、

そういう事態。

 

で、今注文しても、届くのは半年後だという。

 

じゃあ、日本中の工事が止まるじゃん!ということなんです。

 

なんで?なんでそんなことになっているの?と思われますよね。

それはですね、ボルトを作る前の素材、ボルト用の長細い鉄鋼、

「棒鋼(ぼうこう)」

その中でも高力ボルトを作るための「特殊棒鋼」というものが不足しているからなんですね。

 

鉄鋼というものは、ただ単に鉄・鋼ではなく、ものすごく多様な形式で作られています。

 

 

目的と用途に合わせて、伸ばしたり、叩いたり、混ぜ合わせたり、それぞれ違った効果を生み出します。

私は、鉄鋼を見るたびに、

小麦粉を、混ぜるものや捏ね方によって、うどんにしたりラーメンにしたりパスタにしたり、ピザにしたりパンにする、クッキーやカステラやクレープになるのに似ているなあ、と思っています。

 

 

 

そもそも、鉄は紀元前3000年以上も前の人類の文明発達の始めの頃から登場しており、

もはや、この鉄という素材は、我々の生活と切っては切れない関係にあります。

同時に、いわゆる鉄(Fe)は、そのままの姿で存在することはなく、なんらかの元素と結び付きやすい性質をもっています。

 

一番、身近なところでは、いわゆる赤錆び、空気に触れているだけで徐々に進行していく、酸化ですね。

酸素とくっついてしまいます。

 

それくらい親和性の高い金属なのですが、地球でもっとも多い(重量比で)元素でもあります。

地球の35%は鉄です。

続いて酸素30%、珪素15%、マグネシウム13%と続きます。

 

我々の身体の中にもありますね、鉄。

 

鉄は鉄鉱石から取り出した状態では炭素が結び付いていますが、

炭素の含有量によって、鉄の性質は大きく変わるのです。

鉄を溶かして鋳型に流し込んだ鋳鉄は硬いですが、粘りがない、コシがなく、曲げようとすると、案外、ボキッっと折れたりします。

しかし、鉄を叩きながら炭素の含有量を減らしていくと、靱性、粘り強さを発揮し始め、折れにくく硬い鋼(はがね)になるのです。

 

刀剣づくりの様子で、真っ赤に熱した鉄をハンマーでガンガン叩いている刀鍛冶の姿をみたことはありませんか?

あれは、鉄を叩くことで鉄分子の空隙をなくし、結晶を揃えていく効果と炭素を抜いていく効果があるのです。

現代の鋼鉄づくりの現場でも、このハンマーで叩くというのは必須なのです。

 


左が刀鍛冶が刀を鍛えているところ 右は鍛造工場におけるエアハンマー

 

 

この、巨大ロボ、装甲騎兵ボトムズみたいなのが、現代の鍛造に使われているエアスタンプハンマーです。
写真は岡山県美作市で熱間鍛造製品を製作するムサシ工業株式会社http://www.musashi-industry.com/pc/
 

この大型の鍛造機械を製造しているのはですね、大阪淀川区にあるオオタニマシナリー、(株)大谷機械製作所です。

70年の歴史があります。

大谷機械製作所へのリンク

大谷の鍛造機械は国内シェア9割といわれており、我が国の工業生産を支えている主要メーカーなんですよ。

だから、鉄鋼メーカーに行けば、どこにも大谷の機械があります。

 

この大谷機械製作所の紹介ビデオ、超カッコイイんです。

大人気のテレビドラマ「下町ロケット」を彷彿とさせますが、ぜひご覧になってみてください。

鍛造とは、鋼材とは、どのように作られてくるのか、よくわかります。

 

 

鉄が鍛えれて鋼になるのです。

そして、鋼になってはじめて、モノの用に立つ。

だから、鉄と鋼は明確に分けてある、英語でもそうですねアイアンIronとスチールSteel。

 

現代の工業製品や、建材に使われているものもは、この鋼(はがね)=Steelのほうです。

 

2につづく

 

「ボルトがない!」で建設パニック②

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ボルトがない!の続きです。

 

先月、国土交通省も実は調査に乗り出しています。

建設現場の高力ボルト需給ひっ迫を受け緊急調査を実施 8割強で工期に影響

 

1.調査
    (1)調査対象:鋼材関係を取り扱う供給側及び需要側の558社
    (2)調査項目:『価格・需給動向』、『納期の状況』、『関連する工事の工期への影響』等
    (3)調査期間:平成30年10月25日~11月2日
    (4)調査方法:アンケート
    (5)有効回答:305社(回答率:約55%)
            うち、高力ボルトの取扱いありと回答したのは159社

 

結果が発表されています。

 

2.結果
    (1)需給動向:「ひっ迫」
       「緩和」「やや緩和」「均衡」「ややひっ迫」「ひっ迫」を1~5点として回答。全国平均4.76。
    (2)価格動向:「やや上昇」
       「下落」「やや下落」「横ばい」「やや上昇」「上昇」を1~5点として回答。全国平均4.28。
    (3)ひっ迫の状況:
       ・工事種類では建築が53% 、土木が34%
    (4)要因として聞かれた声:
       ・再開発を含めた建築等の需要が旺盛
       ・ボルトメーカーに対する材料供給が追いついていない 等
    (5)納期及び工期への影響:
       ・高力ボルト(全般)の納期は、通常時の約1.5か月程度から約6か月程度
        まで長期化している
       ・回答があった社の8割強で工期に影響があると回答

 

 

 

これまで官公庁は、新国立競技場とか豊洲市場とか、建築基準法改正等々で、

僕が、ヤバいんじゃない?大丈夫か!と言っても、

 

大概は、「大丈夫」、「問題ない」、「順調に推移している」、「完全に安全」、「余裕です」

「危険という証拠を見せてみろ!」、「森山、何を大げさに言ってるんだ!」と豪語してくるのが普通でしたよね。

 

それが、「ひっ迫」。

 

あまりに正直、あけすけ。

 

漢字では、逼迫と書きます。

逼はせまる、迫もせまる、せまるせまる、せまりくる!です。

 

なにが迫りくるのか…

ひっ迫の意味を調べますと、
1.行き詰まって余裕のなくなること。事態が差し迫ること。身動きできなくなる。
2.苦痛や危難が身に迫ること。せっぱつまる。困窮する。

 

と、国土交通省も認めています。

8割がヤバい、と公式発表。

 

ということは…、これまでの経験上で考えてみても、実際は公式発表以上の事態ではないか?と想像が働くわけです。

 

「ひっ迫」以上の表現ってあるんだろうか…と調べますと

 

火急の、危急の、緊急の、くらいしか残っていない。

 

つまりは、ボルト不足は緊急事態ということなわけです。

 

つづく

 

「ボルトがない!」で建設パニック③

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ボルトがなくて日本中の鉄骨現場でみんなが困っている…の続きです。

 

そもそも、鉄骨造のボルトは何で出来ているのでしょうか?と聞くと、

「鉄でしょ」と答えると思いますが、「鉄製品」には成分や形状によってたくさんの種類があります。

それは、「小麦粉製品」に、パンやうどん、パスタやクレープといった食材があるのと同じですが…

 

しかも、その鉄製品のつくり方には大きく分けて、二種類あります。

それは、高炉製法と電炉製法です。

 

 

我々が、製鉄所といえば思い浮かぶのは「高炉」の方ですよね。

 

 

臨海部にあるのは原料の輸送に便利なことと、市街地から離れていることが理由です。

しかしながら、たくさんの人々が働く高炉製鉄所の周辺には、大きな街が形成されていきます。

いわゆる企業城下町です。
私が幼少の頃に育った広島県の福山市は、昭和40年代には完全に日本鋼管の街でした。

八幡製鉄所のある北九州、小倉も、神戸や君津、室蘭といった街もそうでしょう。

 

 

 

一度、火を入れたら決して休むことのない、鉄鉱石を高熱で溶かしているあのダイナミックなイメージ、

それは高炉のほうなんです。

 

一方、電炉はですね、リサイクルです。

廃鉄を集めて、また溶かして製品にする。

 

 

今、我が国では高炉はどんどん減っています。

現在、高炉を持っているメーカーは次の4社しかありません。

そして、4社の中で稼働している高炉も、かつての半分に減っています。

 

新日鐵住金系では、室蘭、鹿島、君津、名古屋、和歌山、八幡、大分の7地域。
JFEスチールでは、川崎、君津、倉敷、福山の4地域。
神戸製鋼所は昨年、神戸の高炉が廃止され加古川だけに。
日新製鋼も呉だけです。

 

そもそも、川崎製鉄とか、日本鋼管といった名前が消えています。

川崎製鉄は川崎重工の鉄鋼分門、日本鋼管は京浜工業地帯をつくった浅野財閥の鉄鋼メーカーでした。

      参照:浅野財閥については→「機動警察パトレイバー」に関する現実的考察4

 

この二社が合併してJFEになったんですが、その原因のひとつは、

昨今話題のカルロス・ゴーンが日産自動車の日本鋼管への発注を止めたから…ともいわれています。

 

新日鉄住金も、戦前の半官半民の国策会社であった「日本製鐵」が戦後の財閥解体で新日鉄となり、

さらに2012年に住友金属を合併したことで、製鉄部門では国内で第一位の会社です。

実は!来年の4月に、新日鉄住金は「日本製鉄」に社名変更することが決まっています。

 

 

 

つづく

 

 

「ボルトがない!」で建設パニック④

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一言に鉄といっても、様々な種類がある。

製造方法でも違いがある。

では、今、無いぞ無いぞ大変だぞ!で問題になってるボルト。

そこに使われているタイプの鉄とはどのような鉄なのでしょうか?

 

それはですね、「高張力鋼(こうちょうりょくこう)」といいます。

凄そうな名前でしょう?

「鉄」という字は入っておりません、「鋼」です。

そして、「高張力」、英語ではHigh Tensile Strength(ハイテンシルストレングス)です。

残念ながら「ハイテンション」ではありませんでした。が、建設現場ではみんな「ハイテン」と呼んでます。
 

TensileとTensionは、語が似ていますが、Tensileは張力の、緊張のという形容詞、Tensionは緊張した状態という名詞です。

両方とも、tense、ピンと張った状態を示す言葉、語源はラテン語の「伸ばされた」からきてるようですね。

 

つまりは、高力ボルトというのは、高張力鋼で出来ていて、引き伸ばされようとする力に耐えるのが役目なんです。

 

つづく

 

頭文字I(イニシャル・アイ)の建築家①、井上洋介の巻

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本年もいろいろあったわけですが、豊洲市場の強引開場の混乱とか、

開場後の混乱とか、問題とか、客足が伸びないとか、年末なのに…とか、

今も続いているわけなんです。

 

築地や豊洲や市場ばっかり見に行ってるんじゃないのか?と、

普段、私のブログやツイッターなんかを見てる人は思うと思うんですけど、

違います。

案外、いろんなところに出向いている。

城や寺社仏閣や古民家、町屋ばかりではない。

以外と、現代建築も見に行っている。

いや、むしろ本業は現代建築の批評だったりする。

というわけで、見学会等にお声かけいただき、

ここんところ印象に残った新築の建物。

それも、現代の住宅デザインについて

それを紹介しようとしてましたら、

それらの作家さん、建築家のお名前が、なぜか「い」で始まる。

頭文字「I」で始まることに気付いたんですね。

井上さん、井手さん、石井さん、、、しかも同世代、昭和40年(前後)男。

 

彼らと知り合えたのも、建築家の横河健さんからお誘いやご紹介を受けたからなんですけども…

横河先生、いつもお気遣いありがとうございます。

 私が若い頃の横河健さんとの思い出はこちら→内藤文書の解題・付録

 

で、その頭文字Iの一人とは、井上洋介さんです。
HPはこちら:井上洋介建築研究所

 

下北沢から徒歩10分くらいのところにそれはありました。

 

ズドン!という感じ。

 

 

えっ?コンクリートの壁?という外観ですが、

付近は高台に連なる住宅地で、幹線道路から2~3本ほど入った自然川に沿ったような道路に面しています。

なので、実際にはこんな風に見えます。

 

 

地面が一段上がっているような…

1階がコンクリートで横長く延びて二階がある?でも緑が繁茂しているし…

でも、石垣か何かがあるような…

 

これはですね、かつて山や高台だったところを段々に造成した住宅地でよくみられる土地

1階というか地下にコンクリートの箱を埋め込んでその上に家を建ててる形式の土地があるでしょう?

こういう住宅地です。

 

 

井上さんの作品はですね、その段差をうまく使ってうまくデザインされているのです。

 

 

お隣の古い家の土地は大谷石を積んであるのが分かりますよね。

昔の家は道路から石段で登らせてから、家に入るような構成にしていますが…

 

土地にスポッっと地下構造を埋め込み、道路からそのまま家に入れるようになっています。

 

この家、一見すると外部になんの情報も出していない。

窓も出入り口も屋根も庇も雨樋もありません、ていうか見えません。

 

コンクリート、石、コンクリート。

しかも、そのコンクリートが、こんなです。

 

ガサガサ、いやバリバリ、バリだらけ。

何!!と思いました。

 

こういう荒っぽいコンクリートを見ると、えっ?なんか、昔の鉄道の高架下?とか

昭和40年代の市民会館?とか思い出しますよね。

 

中に入っても、このバリバリのコンクリート壁が出てきます。

 

 

マジ凄ええええ!!と思いました。

 

なぜなら、こんな荒っぽいコンクリートは、荒っぽい設計や、荒っぽい施工では決して実現できないから…なんです。

 

もはや現在の日本ではこんなテクスチャーでコンクリートは作れないから、なんです。

 

まあ、やってやれないことはないですが、ものすごく手間暇がかかる仕上げ方法。

 

なんで?「荒い」のがなんで?って思われるでしょう?

実は、「荒いこと」には、手間がかかるのです。

正確にいうと「荒さをテクスチャーとして美的表現に結び付ける」には、手間がかかるということです。

 

木材の加工表現で「名栗(なぐり)」と呼ぶ数寄屋建築で使われる加工法がありますが、

 

 

「釿(ちょうな)」と言われる道具で、均等なバランスと微妙なバラつきをもたせながら、

手仕事の跡を付けながら、手作り感を消す、そういう熟練の技なんです。


それと同じで、テクスチャーを人工的に作り出すのは至難なのです。

 

それを、やっていた、井上は。

 

だから、そのバリバリの壁面に光が落ちてくると

 

こうなる。

 

 

影が出ている。

壁面の微妙な凹凸を拾って劇的なコントラストで影と光が!!

ちょうど真夏の光が、何やらアリゾナ?テキサス?って感じに。

 

そして、内部空間は

 

やはりコンクリート?と思いきや木造です。

正確には木造架構ではなく、木梁並べ、です。

 

 

ヨーロッパの古民家でみられるような、石の壁に木の梁を渡し掛けたような構成をしています。

一見、ですが。

 

 

実はこの井上さん設計の建物はL型のプランをしていて

外からは完全にコンクリートの塊に見えたのですが、、、木造でもあるのです。

 

 

むしろ、庭側にはまったく壁がありません。

外から閉鎖的に見えた家が、実はとっても開放的。

 

 

閉鎖的で分厚いコンクリートの箱だったはずが、木造で水平に窓が開けて壁がない内部空間。

 

欧州の古民家では壁に梁を渡し掛けているから開放的な空間にはなりません。

むしろ、柱と建具だけで解放された空間は日本的な間取りです。

 

閉鎖と開放が同時に為されている。

そういうマジカルな仕掛けになっている。

 

なぜ、そんなことが出来ているかというと…

「入れ子構造(Nested structure)」になっているからなんですね。

 

入れ子というは、あれです。

ロシアのお土産、マトリーショカ。

同じカタチで比例関係にあるものは、中に中に入れ込むことができる、そういう構造のことです

 

 

入れ子の特徴として、同じ間隔のスキマが出来ます。

そのスキマを活かしてあります。

そのスキマに光を落としている。

 

なので、壁だらけなのに明るい。

いや、むしろ壁がインテリアの重要な要素。

光を受けて自然壁画的な彫刻的効果にまで高めてあります。

 

これはとっても凄い処理で、コンクリートの型枠というのはあらかじめ製作した型に流し込むプリンや豆腐と一緒の作り方だから、

出来上がった壁を荒らしたわけではなく、荒くなるように計算して型枠の板のバラツキを考え、

バリが出るようにスキマを操作する必要がある。

 

同時に、コンクリートの壁の中に照明やら配線やらスイッチやらを仕込む必要があるため、

それらの壁面への位置も荒っぽい壁の型枠の構成の中で決めておかなくてはならない。

扉や窓の接点も同様に正確にミリ単位で位置決めや平滑面も必要となる、表現のためとはいえ大変な作業。

 

そのコンクリートの中に木の入れ子構造。

 

しかも、この入れ子の一部の壁は切り離されている。

 

これが!尋常なことではない。

なぜなら、普通の箱型で考えていては、コンクリートの壁構造が崩壊するからです。

だから!この建築はもの凄い建築構造エンジニアリングの塊で出来ています。

 

そもそも、この建物のコンクリートは驚くべきことに!箱型をしていない。

垂直の壁をつなぐはずの水平のコンクリート床がないのです。

 

 

二層にわたる壁体の中に木部がスッポリ収まっています。

 

これ、なにげなく落ち着いて見えますが、

私が「うわーっ凄えええ!」て唸ったヶ所です。

 

つまり、プラン概念は「入れ子」ですが、現実は「入れ子」を超えていた。

 

似たものといえばですねえ、ありません。

 

強いてあげるなら。マジンガーZの頭部と同じシステムです。

この開いた鉢にホバーパイルダーがドッキングしますが、

それと同様に、コンクリートの開いた壁体に、木造部分がカッチリはまり込んでいる。

 

コンクリート構造と木造構造が異種接合しながら空間が構成されるという意味で画期的過ぎるものです。

 

 

その効果はこの建物の随所に表出されており、

コンクリート住宅としてはあり得ないところから光が射し込み風が抜けていきます。

 

同時に、時間と共に刻刻と壁面は表情を変えていく。

それぞれ光が入るヶ所にある植栽も大変工夫されており、日本じゃない感じ、

まるで、南米とかアメリカ中西部に居るかのような錯覚をおこしました。

 

アメリカの建築家リック・ジョイや、メキシコの建築家アルベルト・カラチを彷彿とさせる…

いや、耐震基準の厳しい日本の建築構造の法体系の中で、

井上洋介さんは彼らを超えるような空間的インパクトを放っているといえます。

 

▲ リック・ジョイ

 


▲ アルベルト・カラチ

 

建築デザインのテイストは完全に日本人離れしていますが、
ご本人の雰囲気も、日本の建築家にありがちな気負いからは完全解放された雰囲気で、

ドラマの中の探偵とか刑事とか、カウボーイ・ビーバップとか、そんな感じの楽しい人でもあります。

 

 

夏にこの建物を見て、冬にもう一軒別の建物も見ていますが、それはまた後述します。

 

▲井上さんが、千葉の古民家の脇に設計した住宅

 

以上、頭文字Iの井上洋介さんでした。

頭文字I(イニシャル・アイ)の建築家②井手孝太郎の巻の1

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2018年に私が見学した、そして驚いた、頭文字Iの建築家の二番手は!

井手孝太郎さんです。

井手孝太郎さん率いるアールテクニックのHP

 

もうね、これは、もう、本当にビックリしましたよ。

といっても、本当にビックリしたのは完成後ですが…

 

実は、井上洋介さんの下北沢の家からすぐのところ、1分くらいのところでその建物は建設中でした。

 

 

なんということでしょう。

その建物は、すべてコンクリートの階段で出来ていました。

 

というか、その後、完成後にお邪魔することでその謎は全て解けるのですが、

この時点では、本当に立体の迷路、ダンジオンでした。

 

もう、これも似たものといえば現代建築の中にはありません。

カッパドキアでした。

 

 

カッパドキアというのはですね、トルコにある地下都市です。

 

 

ここはですね、建築学科の学生なら絶対に行ってみたい場所のひとつなんですね。

もちろん、私は行っています、大学生の頃に。

で、ものすごーっく感動しました。

 

だって、千年以上前に岩山をくり抜いて、その中に複雑なトンネルを掘って、大勢の人々が生活していた住居群。

なんか、もう異星人の都市というか、SFの世界なんです。

それが、そのまま残っている。

それだけじゃない、その一部がホテルになっていて宿泊も出来る。

 

当時、二十歳くらいの森山くんは、イスタンブールからブルサを経て、コンヤを経て、夜行バスに乗ってカッパドキアに着いて、

この奇岩と穴居群を目の前にしてもまだ、本当にあるんだ!マジか!って思いましたね。

 

 

人間なんて、ララーラーラララーラーって、聞こえて来ました。

実際にはバスに同席したドイツ人学生がなぜかG.B.Hのテープを大音響で流していたので、

ハードコアパンクスのノイジーな音響の中だったのですが…

 

山や地面とくり抜いて、何世紀にもわたり、人々が生活していた都市が現前じました。

 

もうね、スターウオーズかよと、タトゥーウィンかよ、ここオビワン・ケノービー居るんじゃないか?と思いましたよ。

 

 

カッパドキアのこの遺跡群のあるところは、ギョレメ峡谷といいまして、

「風の谷のナウシカ」の風の谷のモデルにもなったところです。

 

 

なぜ、このような岩山峡谷に穴を掘って人々が生活し始めたのかというと、

今から1600年ほど前の4世紀に、ローマ帝国の迫害から逃げてきたキリスト教徒たちと言われております。

ローマ帝国の後は、7世紀頃からのイスラム教の侵入にも耐えて、総勢6万人規模の巨大な地下都市となりました。

 

元々の凝灰岩の岩山が風雨の浸食によって、複雑に入り組んだ深い谷間と、

岩頭に石を残して尖塔状にそそり立った煙突のような見張り城のような自然形状が、

そうした異教徒達の隠れ里にぴったりだということもあったのでしょうが、

数百年の掘削と空間の押し広げや、井戸の掘り抜き、換気口の形成、

複雑な地底トンネルの連結によって、ゲリラ戦にも耐えうる恒常的な防御の都市構造に至っています。

 

そのような、雰囲気だったのです、井手さん設計の下北沢の家は。

 

なぜなんだ?大都会の住宅地のど真ん中に、カッパドキアなんだ?と驚きました。

さらに驚いたのがそのプランです。

 

 

えーっつ!!!真っ直ぐなところが無いじゃん!家の中に!です。

敷地の形状が四角ですから、外の壁こそそれに沿って直線ですが、内部構成に直角がない。

直角どころか、まっすぐな線がない、小刻みに折り曲げられた壁面は厚みも角度も違う…

 

これ、何構造なんだろう…

現場は確か、コンクリート打設してたけど…

 

 

この日の見学ではですね、

1階の入り口からずっとー連なる階段を歩き回って、ホントに面白いちゃあ、面白いんですが、

ずっと山登りしてるような感覚。

 

時々、スキマから外の光も入るんですが、ホントにカッパドキアに行ったときと同じような、

まるで、岩山を歩いているような、

さっきまで下北沢周辺の高級住宅地だったはずだよね?この辺…という、場面転換と、

コンクリートの床や天井や壁に囲まれているのに、ちっとも閉塞感を感じない。

むしろ、何か自然の中にいるかのような驚き。

 

そんな体験は初めてでした、工事中の建設現場なのに…

 

そして!

数ヶ月後のことですが、井手さんより「完成した」とのご連絡があり、ワクワクしながら行ってみたんです。

 

あれ~どこだっけ?ていうぐらい街並みの中では見つかりにくい。

 

 

あんなに特殊な形態だったのに…どこだっけ…と、キョロキョロしてるといきなり現れます。

 

ええっ!?って具合に

 

何か、土木的な何かがあります、建築なのか?擁壁なのか?とか、ランドスケープ?
巨大なプランター的な…というか…

チェルシーフラワーショーのような…

 

四角い窓があるから建築なんだろう…と辛うじて分かりますが、その窓もドデカい。

スケール感がこの場所だけ違う…これは何階建てなんだろうか…

そのそも、どこまでが家で、この手前に出っ張ってるのは…望楼?

 

 

まったく、いわゆる「家」を示す世俗的な情報が皆無です。

しかも、このダークグレー色は、「コンクリート打ち放し」とか、「モルタル金ゴテ押さえ」、とかの、

いわゆる下地材料そのままローコスト仕上げではないんです。

 

左官仕上げ、イタリアの漆喰で見られるような、骨材(数ミリの小砂利)を左官ゴテで転がすように施工して、

パキッと平らにコテ押さえしながら、トラバーチン状のランダムな食い目を表面に出すような凝った仕上げ方法です。

 

 

手がこんでる。

 

なのに、白やクリームやベージュにして左官仕上げを強調するのではなく、

通でなければこの凝ったテクスチャーに気付かせないような、

手仕事感を消して、壁面に継ぎ目も見せない無機的かつ虚無を装うかのようなダークグレー。

ちょっと、ビビリました。

 

これまで、無機や虚無を表現するときには、通常の建築家ならば、黒かシルバーか白を使ってくるからなんですね。

 

建築における哲学王の磯崎新さんなんかがそうですね、既存の社会背景から想定される文脈、意味の消去に「黒」を使ってくる。

卑俗性を消して人工的な形態やデザインの読み取りをさせたいときには「シルバー」か「白」ですね。

つまり、「黒」と「シルバー」は、記号なんです、お約束の。

 

なのに、「テクスチャー付きのダークグレー」。

配色が記号的扱いじゃないんですね。

むしろ絶対に狙っている、そこから感じられる即物性。

この、ダークグレー、井手グレー、いったいどういう意図があるのか…戸惑いました。

 

同時に、どっから入るのか…

唯一、分かるのはこの段々が階段の1段だから、

蹴上げ20センチくらいで上がれるんだろうなな…あの奥の凹んだところが入り口なのかなあ…です。

 

長くなりましたので、完成後の見学会の様子は巻の2に

つづく

頭文字I(イニシャル・アイ)の建築家②井手孝太郎の巻の2

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明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いします。
 


昨年末より建築エコノミストTVというのを始めてみてますので、

本年は建築情報多めでいきたいと思っています。

 

昨年の秋、建築家の井手孝太郎さんの下北沢の家を見に行ったお話の続きです。

そもそも、井手さんといえば、どちらかというと寡作の人です。

井手孝太郎さん率いるアールテクニックのHPを見ても年に1~2件の作品数。

しかしながら、その1件にかけるデザインのエネルギーが凄まじいですね。

その初期の頃から一貫してコンクリートの扱いが緻密です。
 

左は、集合住宅ですが、壁面を窓割りとリンクさせながらリズミカルに目地割りしてありますね。

そういったあたりの丁寧な処理は、スウェーデンの巨匠、ラルフ・アースキンを彷彿とさせるものです。

 

 

ラルフ・アースキン(1914~2005)は、社会組織のあり方や人間の社会と環境との関係を、

技術的・工業的・経済的な分析的アプローチで生態学的にデザインしようとした建築家です。

 

そんな香りがしてきましたね、井手さんの建築には。

 

特に、この軽井沢の凄い未来的な住宅は、宇宙探査コロニーのような、まったくSF的にイキがった建築に見えますが、
別荘建築の弱点である、使わない時期の湿気や換気等のメンテナンスをなるべくしなくてもよく、

落葉や凍結やカビ等に見舞われやすい軽井沢の環境の中で経年劣化に耐えうるために考案されたものなんです。

 

私もかつて軽井沢で物件やったことがありますが、やってみれば分かるのですが、

夏の爽やか以上に寒暖の差と湿気が激しく、冬の積雪や凍害で屋根や雨樋はもちろん、

外壁もスキマに侵入する雨水等で毎年春になってチェックすると、どこかが痛んでいる。

その補修を怠るとさらに翌年は被害が進んで、別荘ライフが段々と遠のいてしまうのです。

 

それをあらかじめ予想して、そのような被害をなくすことに特化したのがこのちょっと宙に浮かせ、

一体化したコンクリートの楕円構造というわけです。

 

 

考えてみれば、過酷な環境に最適化を究極までに推し進めていけば、このようなサイエンスフィクション的解決が、

いや、建築として現実化していくわけですからサイエンスリアリティ的な手法にならざるを得ないのかもしれません。

 

ただ、このような三次元的な空間を準備してしまうと、機能部位であるところの家具とか扉とかいろんなヶ所に影響があります。

たとえば、ガラスの形状ひとつとっても真っ直ぐではダメ、壁に合わせて楕円にカットしないといけない。

その他の全ての部分がそうです、そんなことを現場で摺り合わせしていたら、大変な作業です。

 

なので、井手さんはどうしているか?というと、すべて3次元のVRの中で設計しています。

ARCHICAD BIM事例レポート「SHELL」の場合

ARCHICAD BIM事例レポート 「Breeze」の場合

 

このレポートで出て来るBIMというのは、Building Information Modeling ー ビルディング インフォメーション モデリングの略なんですが、

設計図というのは、線を2本書いて「壁」を表現したり、その線の外側にもう1本線を書いて仕上げ面を表現したりします。

昔はそれを手書きで製図していたわけです。

 

 

CADは、この製図板をコンピューターのモニタ上に表示し、設計作業が出来るようにしたソフトです。

Computer-Aided Design の略で、コンピューターの支援で設計する、といった意味ですね。

紙と鉛筆の代わりにモニタ画面の光の線で表示されている図面です。
紙の図面の時代はオリジナル図面は絵画と同じで一点モノですから、破いたり無くしたりすると大変なことになりました。
それと比べてCADの普及で、図面はデータでやり取りしたりコピーしたりが大変楽になりました。

 

 

BIMはコンピューター上で作業する設計であることは同じですが、このCADとはまったく次元を隔するシステムなんです。

それは、コンピューター上のデータ、たとえば2本の線が書かれているとして、「約束事としての壁」と、図面を読む人が判断するのではなく、

はじめから、具体的に素材や金額や現場作業に関する仕様特性を盛り込んだ「壁データ」として設計図が作製されていくシステムです。

 

なので、BIMで製作された設計図ならば、その中にはBIMに対応した施工会社の施工管理ソフトへの受け渡しデータや製造工場の製造機械ソフトの加工データが含まれており、すぐに生産にかけることが出来るだけでなく、金額もはじき出されるといった感じに連携します。

逆に、建材メーカーからBIMに則ったデータをあらかじめもらったうえで建築設計をする、結果として施工会社もその設計中の内容を共有する、ことも可能というわけです。

 

これまでの設計図は、図面に表現されている以上のことは何もないのですが、

BIMでは図面で表現される部位の情報に、あらかじめ埋め込まれた、建設に必要なデータを保持しているのです。

 

設計図が、線や図形と文字による記号の集合ではなく、一定のまとまりをもった部品の集合として、

仕様の決まった部品と部品の結合した部分の集まりとして、連携的に作られていくことを意味しており、

設計作業が「オブジェクト指向」になっていくことを意味します。

 

設計図でどこか、例えば壁の位置を変更すると、それに紐付けされた隠れた部分までもが同時に変更されていくようなイメージですね。

 

その使い手なんです、井手さんは。

だから、この平面図も建物を平面図の二次元を上から見て作成しているのではなく、

3次元データ空間の中に入って、FFの洞窟を探査するように設計されています。

 

 

平面形は、ざっくりU型をしていますが、四角い形態の真ん中を不定形に削り取ってあります。

 

ざっくり立体化すると、このような立体。

 

これはですね、いわゆる中庭型住宅と、いえなくもないのですが、これまでの建築的中庭とはひと味もふた味も違います。

 

この住宅が目指しているのは、外部から隔絶された峡谷の様な自然環境です。

 

 

東京の高密度に建て込んだ住宅敷地の中でいかに周囲の世俗的な環境から独立した生活景観を産み出すか?

仮に周りに高層の建物が建とうが、アパートが建とうが、店舗が建とうが、

この住宅の住民には将来的に影響を受けない人工的な自然環境を作り出そうとしたものなんです。

 

人工的に産み出した地形を元に、内部空間を掘り抜いていく、掘り抜きながら地形を変える、

そういった三次元的操作をVRを駆使して出来上がった驚異の設計なんです。

 

だから、この住宅は家を建ててその周りに単に樹木を植えたものではなく、複雑な形状をアバンギャルドなデザインとして奇をてらったものでもなく、外部環境から内部を閉ざした自閉的なミクロコスモスでもない。

 

人工的な峡谷を設営し自然環境と一体になった生活空間を提案したものなんですね。

 

 

内部は大蛇がとぐろを巻いたようにつながっていて、1階から屋上まで、地下から天上に連なる鍾乳洞や登山道のようにつながっています。

 

 

この階段が重なり合う空間のギリギリの形状が心地良いのは、3Dモデルの内部をVR的に歩き回ってチェックすればこそ、です。

 

 

そして、何か家というよりも、宇宙船の中、未知の惑星に降り立った調査員が住んでるかのようなSF的な雰囲気に満ちております。

このシーンなんか、スターウオーズで見たような雰囲気ですよね。

 

 

各、部屋というか内部空間の随所が、外部の人工自然に面しており、盆栽に巨大な峡谷や岩山を見るのと同じような、

まるで何光年も離れた開拓惑星において、科学者達の居住区において地球の景観を愛でるような印象です。

 

つまり、この井手さんの設計された住宅は、家とは何か、住むとは何か、空間とは何か、の前に、

それらを成立させるための、環境とは、地形とは、風土とか、人類の居住条件とは何か?

まるで、テラフォーミングのような緻密な検討をされたものといえます。

 

このようなSF的なコンセプトは、特殊解にみえて案外、世界的に見れば普遍的な需要が待ち受けているといった印象を受けました。

地球環境の中でも、灼熱の台地とか、砂漠とか、荒地とか、凍土とかといったような、

厳しい自然環境における宿泊施設や学術施設、リゾート開発に繋がるものではないか?と、

例えばドバイのような都市環境の中で、井手さんのこの手法で居住区を開発してみてはどうでしょうね。

 

以上、昨年の秋に見学させていただいた頭文字I(イニシャルアイ)の建築家、井手孝太郎さんについてでした。

 

つづく

 


頭文字I(イニシャル・アイ)の建築家③石井秀樹の巻

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頭文字I、イニシャルアイシリーズの3人目は、

石井秀樹さんです。

石井秀樹建築設計事務所HP

 

この写真は、神奈川県立近代美術館です。

 

 

現在、改修工事中なのですが、一時はこの日本近代の記念碑的建築作品も、

閉館され壊されてしまうのでは…という危機を向かえていた時期がありました。

しかし、多くの方々の解体を惜しむ声と、再生活用を目指して前向きに取り組んだ結果、

本年の春には堂々と開館します。

神奈川県立近代美術館の旧鎌倉館、「鶴岡ミュージアム」として

 

本当は、旧国立競技場も、築地市場も、九段開館も、普門館も、

みんながちゃんと声を上げて、専門家がささっと動けば再生出来たんですよ。

 

この、神奈川県立近代美術館のすぐ近くに、石井さん設計の家はあります。

あるはずでした。

地図データでは近い、と表示されてました。

 

ところがですね、近いはずなんですけど、どうやってたどり着けるのかが、皆目わからなかったんです。

 

それは…鎌倉という土地の地形的特徴といいますか、歴史的経緯とも関係ありますね。

石井さん設計の最新の現代建築を見学させてもらうつもりが、おもわぬ歴史道中になってしまったのです。

 

つづく

 

頭文字I(イニシャル・アイ)の建築家③石井秀樹の巻2

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石井さんの「鎌倉の家」についての解説のつづきです。

 

この家は、「辻堂」のごとく、シンプルかつピュアな始原的な構成を目指したように見えます。

 

周囲は自然峡谷そのままの状況で緑に囲まれています。

ですから出来れば、家から見る景観は出来るだけ活かしたい…

そのため、屋根の下のガラスは全方位開放されています。

 

それを実現しているのは、以下のようなコア型のプランゆえです。

外部に向かって壁を設けないように、窓の必要のない収納や水周り等を中心に集めてある。

いわゆる「センターコア型」という、高層オフィスビルで使われるような手法ですね。

しかしながら、この家は方形屋根を採用してあるように、正方形プランですから、

幾何学的にも、どうしても中心性、対称性、象徴性が生じてしまうんですね。

 

もっと大空間の建築なら機能に応じてまた仕切りを入れていけばいいのでしょうが、

住宅規模だと、あくまで中心性に拘束されてしまうと、機能に応じて柔軟に対処する自由度がなくなります。

 

そこで、石井さんはどうしているかというと、セントラルコアをズラしてあります。
 

そのことによって、ぐるっと回れる回廊型の間取りでありながら、

広い部分と狭い部分を、寝室や書斎、お風呂といった機能要求に当てはめながら、

すべての部屋が外の景色と繋がるようになっています。

 

下の写真で黒い仕上げの壁がセントラルコアです。

コアと外壁の間隔が広いところが寝室、狭いところが廊下、中間の広さの部分にお風呂や水周りになっています。

 

 

特に圧巻は、この十和田石で作られた床に堀り込まれたお風呂です。

露天風呂感覚、窓は開きますから露天風呂にもなる。

 

 

実は住宅において、通常、お風呂という部屋は使用時間の割りには閉鎖ブースを形成してしまうため、

使用頻度VS面積配分、使用頻度VS閉鎖費用、で考えてみたときに、非常に割高なんです。

 

それを、この家では、回遊性をもった移動空間の中に設置し、尚且つ視覚的な邪魔になる湯船を床に掘り込み、

さらには庭と繋げてリゾート空間化してしまうという…一石二鳥、三鳥、四鳥くらいに凄いアイデアです。

物理的にはコストダウンしながら、空間的にはグレードアップ、ゴージャス化しています…天才だ、石井、と思いました。

 

で、いよいよ、4周がガラスで開放されている2階に上がります。

 

やはり…

というか、予想どおりのネイチャービューですね。

 

 

しかも、全周です。

 

 

そして、床は正統派和モダンとしての琉球畳(縁なし畳)。

そこに、イサム・ノグチやら豊口克平やら、巨匠のみなさんが集っておられる。

 

 

この空間、外観から予想する内部空間を大きく超えて、

方形が醸し出す建築的制約というか、幾何学が支配する空間の掟を外そうとする石井さんの意図がよく現れています。

 

それは、中心の喪失と架構の消去です。

 

通常の建築構造のセオリーを、良い意味で思いっきり裏切っています。

 

 

 

つづく

頭文字I(イニシャル・アイ)の建築家①、井上洋介の巻2

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頭文字I(イニシャル・アイ)の建築家①、井上洋介の巻

で予告したように、井上洋介さん設計の家、もう一軒見に行ってたのです。

 

 

「梨園の家」です。

 

場所がですねえ、千葉県の津田沼から新京成線に乗り換えるのですが、なにやら私の歴史心をくすぐる駅で降りました。

その名は「滝不動」です。

 

近くに、御滝不動尊金蔵寺といういわれの古そうな立派なお寺があるんです。

 

 

つづく

 

頭文字I(イニシャル・アイ)の建築家①、井上洋介の巻3

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井上洋介さんの「梨園の家」を見に行ってビックリした、の続きです。

 

いまどき珍しい、平屋で瓦屋根をフィーチャーしているデザインだったというものですが、

一見、昭和の巨匠建築家のテイストを踏襲していますが、それだけではないよ!という解説です。

 

 

この家は、いったい何造なのか?です。

何造というのは、木造、鉄骨造、コンクリート造(我々、建築専門家はRC造といいますが)といった、建築の構造種別のことです。

 

井上さんはですねえ、下北沢の家もそうでしたが、「何造か分からない」んです。

 

 

木で作ってあるから木造かなあ?とも見えますし、

その木を支えている鉄骨があるから鉄骨造?

でもコンクリート壁があるからコンクリート造でしょ?と

 

まあ、建築専門家以外の方からすれば、そんな区分けとか、丈夫で快適で格好良ければ、別にいいんで…

といったところでしょうか。

 

しかしながら、我々はそこを見る。

この建築は何造なのか…

 

例えば、木造にしてはずいぶん大きな空間だなあ…とか、

鉄骨造にしては揺れないなあ、断熱しっかり出来てるなあ…とか、

コンクリート造にしては開放的だなあ、明るいなあ…とか、

 

それぞれの構造方式に得意不得意、得手不得手があるのです。

 

日本の木造住宅は木の肌合いを表現したり、窓を大きく開けたりするのは得意ですが、耐震上の壁をキチンと確保しないといけません。

鉄骨造は骨組みだけで耐震性も高く開放的な空間を作れますが、震動や防音や断熱はちゃんと配慮しないといけません。

コンクリート造の壁構造は耐震性や防火性能は高いですが、窓や出入り口の位置のバランスや結露や換気計画が重要です。

 

といったように。

 

同時にコストの要因も大きく違い、木造<鉄骨<コンクリートの順です。

 

また、建築許可を受けるときも、構造種別を木造、鉄骨、コンクリート造ごとに申請します。

そうでないと、許可がなかなか下りない。

役所や審査機関も日頃から一般的な決まったルーチンで仕事したいですから、

木造、鉄骨、コンクリート造ごとに明確に仕分けられる物件の方を好みます。

 

しかしながら、本当は建築の用途目的や機能性や周辺環境に合わせ、適材適所で構造方式を採用する方が望ましい場合もあります。

そのような形式の建物、構造方式が異なるものが同居する建築、それらは「混構造」といいます。

 

建築の技術が進捗して、この「混構造」を考える建築家が、かつてはたくさんいました。

適材適所で構造を使い分けようよ、というもので、

住宅建築でそれに熱心に取り組まれて多くの名作をつくられた巨匠として宮脇檀(みやわき まゆみ)さんが有名です。

 

有名っていうか、昭和の日本の建築家像を体現したヒーローの一人だと思います。

 

 

ある時期、メディアに登場する建築家としては、黒川紀章さんと宮脇檀さんが二分していた時期がありました。

知ってて当たり前、建築家としてだけでなく、知的な文化的なライフスタイルの提言者であり実行者。

爽やか&ダンディ、アート&フォークロア、社会批評家&ものづくり、

建築事務所の経営者であり家事をこなす主夫としての、立場を実践されたりもしてました。

建築系雑誌にとどまらず、生活・文化、ファッション、料理、婦人誌にもエッセイや記事が掲載され、

多くの人々が、宮脇さんに家を依頼することで、何か生活のすべてが一変されるような、夢を抱いていました。

 

 

宮脇さんが住宅設計に取り組まれていた時代は、まさに日本の高度成長期でした。

特に、東京はオリンピックによる都市改造によって、この頃に作られたインフラが現在もその都市の維持活動に貢献しています。

主要な幹線道路、高速道路、鉄道、地下鉄との延伸が続き、都内の都心部だけでなく、

私鉄沿線の山や森や畑や商店街や路地奥の長屋までが新築住宅として開発されていきました。

 

この人口変動グラフを見ていただいても、昭和40年代の巨大な数の人口流入がわかると思います。

20年間に東京、大阪、名古屋の大都市圏に50万人が流入し続けています。

しかも東京に30万人ですから、600万人もの人々が東京に移り住みました。

なので、それらの人々の当面の住まいとしての賃貸住宅、その後、上京から10年もすれば、

結婚したり家族構成も変わり住宅を持とうという人達も増えてきます。
ただ単に住めればいい、というものではなく戦後の社会的変化やカルチャーの中で、

それまでの大家族中心の家ではなく、核家族と呼ばれた新しい家族像が誕生します。
 

その時代に、そうした住宅需要を背景にたくさんの建築家が生まれたのです。

その中のヒーローの一人が宮脇檀さんです。
 

 

逆に現在の人口動態を考えれば、住宅建設の需要はピークの5分1くらいしかないということですが…

現代の日本の建築家が業務を続けていくのがなかなか厳しいのは、そういった事情もありますね。

 

そんな宮脇さんが一貫して住宅作品につけられていたのが「ボックス(箱)」概念です。

たとえば、こんな家を作られていました。

 

 

▲急斜面にコンクリートのボックスをめり込ませた「ブルーボックス」

 

 

 


▲コンクリートの箱型建築の中が木造の入れ子になっている「船橋ボックス」

 

宮脇さんは何をやろうとしていたか、というと

 

当時、都市化が進む日本中は、いたるところで環境の変化が起きていて、

例えば、

眺めがいいからそこに家を建てようとしても、数年後には目の前にビルが建ってしまうかもしれない。

 

裏山に緑が多いから自然を身近に感じながら暮らせると思っていても、山が削られて宅地化するかもしれない。

 

商店街はみんな仲良く、祭りもみんなで盛り上げてずっと住み続けたいと思っていたら、神社ごと地上げされてしまうかもしれない。

 

つまり、周囲の都市化の波の中で、翻弄されることのないような住生活を獲得しよう、

周辺が開発によって変化しても、隣地が見知らぬデベロッパーによってマンション化しても、

自分達家族の生活環境を守り抜く砦のような住宅にしましょう、といったことです。

 

 

意地でもここに住んでやる!でも肩の力を抜いて、しなやかに、という都市住宅のモデルを作ろうとされました。

その防御のための強靱なコンクリートの箱を提案し、そこに光や通風をいかに取り込むか、

楽しく快適に暮らせる家をいかに実現するか、そういったことに心を砕いた人、それが宮脇さんなんです。
 

そのため外部にはコンクリートでバチっと閉じる、でも内部に光や風は入れる、人が触るところは木で作る。

そういう考えですね。

そして、建築の構造体はコンクリートの箱型でガッチリ強くする。

 

一戸建てではありますが、今で言う、マンションのスケルトン内装みたいなものかもしれません。

 

 

この中を木造で仕切っていくというわけです。

 

で、話しは井上さんに戻るのですが、井上さんの「混構造」は、そんな風に外箱はコンクリートで内箱は木造とか、

下はコンクリートで上は木造とか、明確に分けてありません。

マジで、混じってます。

 

 

 

 

 

混じるどころか、コンクリートの壁が矩形を成していない。

RC壁構造なのに、なのか?壁が立体的に結びつけられていないんです。

 

建築ツウなら、真に建築を分かっていれば、

ここが、

えええっ!って驚くとこです。

 

つづく

 

 

「ボルトがない!」で建設パニック⑤

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昨年、非常に問題視していた、建設業界が大ピンチの話題。

ボルト不足の件、昨年末に国土交通省も対応を開始しています。

 

年の瀬のあわただしい時期に緊急要請、プレスリリース。

しかし!この話題、まだ一般国民に浸透していないようなんです。

 

翌日の2018年12月27日新聞のニュースの話題にもなっていない。

27日付けの新聞記事ですが…120本の記事ラインナップに!

ボルト不足!の話題がない!

国の発表なのに、誰も取材していない!

もしくは、記者は一応、取材に行ったのに!デスクがボツにしてる!

 

本当にヤバイのに…まだ気付けていないのか…と実感したんですね。

新国立競技場の屋根が作れない…、築地市場移転したらダメ…、んときと一緒だと。
 

で、とうとう、こんな記事も見つけました。

全国的な高力ボルト不足のあおりを受け、工事を一時中止します。

地域に貢献し地域と共に生きる。 災害復旧から「モネの庭」まで幅広い分野で工事を行う高知県安芸郡奈半利町の(有)礒部組ではたらく還暦過ぎのオジさんが、「土木のしごと」の泣き笑いをお届けします。がキャッチフレーズの
高知県で土木工事をいとなむ磯部組さんの現場日誌ですね。
 


 

この山間のインフラ、地域の人々の生活のための道路工事。

これが、年末をもって、工事中止だそうです。

 

 

なぜか?

それは、ボルト不足のせいです。

 

 

ボルトっていうのは、もう様々な工事現場で使用されており、建設業界においては、お米みたいなものです。

ないと、困る…では済まない。

 

お米がなければ、パンを食べればいいじゃない?

パンもなければケーキを食べればいいじゃない?

 

とか言った人もいるそうですが、このボルト不足の事態をちゃんと報道出来ていないというのは、

もう間もなく、大変なことになりますよ!

現場が死に始めているんです。

 

 

東京のオリンピック施設とか、特殊な最新の施設で特注品が遅れているとか、不足しているとかではないんです。

普通の街の普通の田舎の普通の道路工事が出来ない!橋が直せない!災害復旧が出来ない!そういう事態です。

 

 

日本全国には、この写真のように緊急補修を要する橋をはじめたくさんのインフラが存在しています。

もう、それは国民の生活というか産業の動脈というか、そういった地域の死活的な施設なんです。

そのレベルで工事が止まる。

 

 

 

磯部組の現場監督さんは、このように書いておられます。

 

******************ブログから引用

 

この高力ボルトが夏ごろから全国的に不足しているのです。

以下、日経アーキテクチュアという専門誌からの引用です。

・・・・・・・・

 あって当たり前の小さな部材がない。鉄骨をつなぐ「高力ボルト」の不足問題が、現場で大きな不安材料になっている。事態を重く見た国土交通省は2018年11月22日、需給動向に関する緊急調査の結果を公表した。納期は、全国平均で通常時の約4倍に当たる約6カ月程度と長期化しており、「工期に影響がある」との回答が8割を超えた。納期は最大で1年以上の場合もあった。

・・・・・・・・

 

原因は、

東京オリンピック開催に向けた建築ラッシュのせいで原材料が不足した

という説もあれば、

これまで建設工事用ボルトに回っていた原材料が自動車業界に流れたため

~国内自動車メーカーの下請が海外メーカーにも売り始めたことによる需要増~

という説もあり、

わたしなんかにはよくわからないのがホントのところですが、

とにもかくにも現実として足りない。

 

というか、

 

ない。

 

もちろん、それは、工事をはじめるときからわかっていて、

四方八方手をつくしてきたのですが、

これほど大きな規模の問題になると

田舎の土木業者がどうこうできるようなもんではなく、

結局、万策つきました。

 

ということで、

北川道路柏木1号橋う回路設置工事、

 

年明けの1週間ほど作業をすると

一時中止です。

再開は未定。

予定がたちしだい報告します。

 

******************ブログから引用

 

大変、深刻な事態です。

 

「万策尽きました」

 

大変に重い言葉です。

 

つづく

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