現在の国立競技場をどのように解体できるかを検討することを通じて、
いかに当時の建設技術者の粋を集めて建設されているか
同時に当時の敗戦の焼野原から15~6年しかたっていない時期に、
ヨイトマケの唄にも歌われているように、重機などない人力の土木作業
様々なインフラ整備や民間工事の人出不足や急激なインフレの中で、
本来なら働き盛りであったはずの30代40代の男性を戦争で失った中で、
出来るだけ立派な出来るだけ簡素に出来るだけ無駄なく建設されているか、がご理解いただけたかと思います。
単に解体工事といってもやみくもにぶっ壊せばいいわけじゃないんです。
解体工事にも技術がいるのです。
同時に、解体を考えることで生きている建築のことも逆によく分かるのです。
解体といえば、「解体新書」という書物があります。
阿蘭陀(オランダ)語で「Anatomische Tabellen」(ターヘル・アナトミア)
といいます。
江戸時代後期1774年に日本語に翻訳されたことで有名です。
阿蘭陀語の辞書もなにもないい中で、
杉田玄白、前野良沢の二人で3年がかりで翻訳にこぎつけたものです。この解体新書の翻訳を通じて蘭学が進み、多くの西洋由来の書物が翻訳出版されるようになったという大業です。
同時に、医学の進歩も急速に進みました。
吉村昭さんの小説作品で「冬の鷹」というのがありますが、そのあたりの当時の二人の苦労をうかがい知ることができるでしょう。
杉田玄白と前野良沢は、刑場で処刑された罪人の腑分け(解剖)を申し出て人体の構造を知ろうとします。
それまでの漢方医療における経絡と施薬だけではどうしても治療できない病気や怪我をなんとかしたいという一念でした。
その時にターヘル・アナトミアで描写されている通りの臓器や骨格を目にしたことで、翻訳を決意することになるのです。
同様にして、国立競技場の解体工事が決まらない理由を理解することで、ではどうすればいいのか、、という久米設計の改修検討書が誰でも読み解ける準備が出来たというわけです。
では、いきますか。
国立競技場のターヘル・アナトミアです。
実は2008年の時点で現状がどのようであるかの検討がなされていました。
耐震補強にもいろいろな手法があるのですが、どのような方法論がもっともふさわしいかを検討しています。
ブロック合体の手法
結果はこれだけですべてが解決ではありませんが、偏心率が改善されるというものです。
偏心率というのは文字通り、心が偏っている、という意味です。
なんの心かといいますと、
建物には重心と剛芯というのがありまして、重心というのは全体の質量の中心です。剛心というのは強さのバランスの中心です。
この心がズレていると、力がかかったときに剛心回りに建物が回転してしまい、より大きな変位を起こすため、剛心と重心は一致している方がより健全な構造物になります。
例えば、ラグビーのスクラムで力と力が重心を一直線に結んでいる場合は押しあいですが、どこかが弱まってしまうとスクラムが回転して崩れてしまいますよね。そんなイメージです。
上記の検討は、まず偏心率を少なくして改善することを目指した検討です。続いて基礎梁の増設効果の検討です。
これはやりましたね。上部構造にとっては足固めです。
基礎梁の増設は効果大です。
お神輿のかつぎ棒です。
これはあまり聞きなれないでしょう。「スリット効果」についてです。
このスリット入れるとなぜ耐震性が向上するのかというと、短柱を防ぐことで柱のせん断破壊を回避するいうものです。
参考:鹿島建設「柱はねばりが肝心」
http://www.kajima.co.jp/tech/seismic/hokyo/030623.html
この粘り強さのことを、靭帯の靭と同じ時を書きますが、
靭性(じんせい)を高めるように、といいます。
具体的には柱の根本や頭にくっついている腰壁や下がり壁にスリットを空けるのです。
この耐震スリットも効いていますね。
これはどういうことかというと、スキー靴っていうのは、とりあえず足首をガチっと固めてもらった方が安定して滑れますが、
転んだり、急な外力がかかったときに、板からバンって外れてもらわないとスネの骨を折りますよね。
これと同じように柱と梁の間での地震に抵抗するときの粘り強さの動きのためには多少のアソビがないと柱が折れてしまうのです。
この原理を逆に攻めに応用したものが、プロレス技では「アンクルホールド」ですね。
続いて免震装置の導入を検討しています。
免震とは、地震の揺れに耐えるのではなく、受け流す、いっしょに揺れる部分と本体を離す、ダンパーと言われる装置を使い揺れを吸収させることをいいます。
この検討結果で素晴らしいのは揺れを完全吸収という大げさな目的ではなく、免震作用によって、前述の重心剛心のずれ、偏心率を下げようとしているところですね。
結論としては効果はあるものの、二重基礎を構築する必要があるため大がかりな工事費用になることを憂慮しています。
建築というジャンルでは実験室でプロトタイプを作成して量産するようなプロダクトとは違いますから、エンジニアリングの判断の中にワーカビリチー(作業実行しやすさ)と経済性を考えることが出来る人が真の建築家と呼べると思います。
この耐震計画はただ単に外科的に手術でガンガン強くしようというのではなく、ひとつの手法効果が他の手法にも連携してトータルで効くような、いってみれば漢方薬のような統合的思想がはいっていて素晴らしいです。
今となっては新国立競技場案を比較するなら、なんの憂慮もない金額でしょうね。
次は純粋エンジニアリング判断ではなく、法学的な正当性に言及しています。基準法上の要求というのは、このルールを守っていればそれなりに正しい建築が出来る、というひとつの早見表でもあるんですが。
あっさり可能でした。
ここからはさらに、構造の専門家ならではの検討もされています。
それは、部分部分に分けられている国立競技場を完全に一体化してみたらどうなる?という検討です。
ここで大変興味深い検証がなされています。
杭にも関連した地盤の問題です。
この敷地はそもそも地盤が外苑西通り(元河川)向きに傾斜して流れていますからね。
改修でも新築でもそこが非常に重要なポイントでもあるわけです。
はい、これは熱による膨張にどう対処するかの検討です。孫悟空の頭を締め付けるワッカのようなもので膨張による過度の引っ張り力にプレストレスかけるって書いてあります。
プレストレス導入というのは建築構造の手法の中でも、私がもっとも好きな方法論なのですが、内部応力をあらかじめ導入しておいて、一見静かに見えるにも関わらず思わぬ力を秘めさせる手法です。
「カイジの鉄骨渡り」でもやってるだろうと以前予測しました。
カイジの鉄骨渡りに関する建築的考察1
つづく?終わらせないと、、、