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新国立競技場問題の根本原因考察・情報の非対称性について

10月2日の建築文化週間2015・建築夜学校で使ったスライドです。

このシンポジウムは新国立競技場問題を契機として、建築コンペのあり方を考える、という趣旨でした。

今回、公共建築における専門家と市民の断絶、情報の不透明性、自治体や行政の組織的不備が様々な面で問題視され、なおかつ議論のかみ合わなさが露呈したわけです。

その大きな要因のひとつに、建築の価値感のズレ、乖離を巡る問題が大きく横たわっていると考えています。

そのため、建築の価値をどうみていくかが、専門家においても一般の利用者においても、行政においてでも、首長においても、マスコミや専門情報紙においても、建築教育においても、建築現場においても、情報の非対称性が起きている。

そのことを是正する前に、その現実をまず認識する必要がある。

そんな趣旨です。

以下のごとく発表してきました。
当日説明不足の点も文章で補足しながらご報告いたします。

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本来、「建築家と市民の乖離」、「建築家と市民の矛盾」つまり建築専門家とそれ以外といった対立構造があること事態がおかしいと考えています。
それは、他のジャンルで比較してみれば明らかでしょう。

「シェフと市民」、「シェフと市民の矛盾」、そんなレストランはすぐに潰れます。
「漫画家と市民」、「漫画家と市民の矛盾」、連載中止です。
「映画監督と市民」、「映画監督と市民の矛盾」、上映館が限られるでしょう。

しかし、
「デザイナーと市民」、「デザイナーと市民の矛盾」、これはなんか聞き覚えがあるような、、、
これではどうでしょう
「芸術家と市民」、「芸術家と市民の矛盾」、これもよく聞きますよね。

その理由は、供給者側と需要者側で直接的な市場ではないもの、大衆評価の前に専門家評価が優先していたり、開示の不足があるためです。
価値感のズレ、解釈や読み取りによる評価、それを生み出す情報の非対称性に起因していると考えられます。

「情報の非対称性」とは本来経済用語で、(asymmetric information)といいます。wikiによれば以下です。

市場取引において、保有する情報に差があるときの、その不均等な情報構造である。「売り手」と「買い手」の間において、「売り手」のみが専門知識と情報を有し、「買い手」はそれを知らないというように、双方で情報と知識の共有ができていない状態のことを指す。
情報の非対称性があるとき、一般に市場の失敗が生じパレート効率的な結果が実現できなくなる。このとき、必ずしも情報を持たない側に不利益が生じるわけではなく、情報を持つ側に不利益が生じることもある。

つまり、専門家だけが情報を占有しているからといって、必ずしも統合的優位にならないこともあるというわけです。
いわゆる博打の胴元がイカサマをやり過ぎるとその賭場には客がこなくなって不利益になるとかそういったことです。


情報の非対称性という用語は、アメリカの理論経済学者ジョージ・アカロフが1970年に発表した論文 “The Market for Lemons: Quality Uncertainty and the Market Mechanism” で初めて登場した。
この論文は中古車市場を例に、情報の非対称性が市場にもたらす影響を論じたものである。買い手が「欠点のある商品」と「欠点のない商品」を区別しづらい中古車市場では、良質の商品であっても他の商品と同じ低い平均価値をつけられ、良質な中古車は市場に流通しなくなる傾向があることを指摘し、これを「売り手」と「買い手」の間における情報の非対称性が存在する(売り手のみが欠点を知り、買い手の側は欠点を知る術がない)環境一般の問題とした。なお、アメリカの中古車業界で不良中古車を指す隠語が「レモン」であるため、このような市場はレモン市場と呼ばれるようになった。


「レモン市場」という呼び名が面白いですね。
新国立競技場問題は「レモン市場」だったんでしょうか?
建築業界全体がレモン市場に陥っているのでしょうか?

今回は建築についてですので建築について議論すると、建築の評価は本来大きく下のレーダーチャートのように分類できるはずです。

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わかりやすい言葉に代えていますが、右上から時計まわりに、「かっこよさ(デザイン性)」、「頭のよさ(哲学性)」、「こだわり(希少性)」、「性能の良さ(機能性)」、「お得感(経済性)」、「面白さ(話題性)」と分類することができるでしょう。

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たとえば、デザイン雑誌やファッション雑誌に採り上げられるような建築物で、使い勝手が悪かったり、工事費が高かったりするような建物があったとすると、この上図チャートのようになるでしょう。

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一方、ただただローコストを謳うハウスメーカー等の住宅で量販素材のみで、なんのデザインもしないで建った建物を考えてみた場合には上図チャートのようになるでしょう。

どちらが良いとか悪いとかを判断するものではなく、こういったチャートで分析すると、この二例では目的も目指す価値感も異なっているということが分かります。
同時に、チャート上で弱い部分を是正していくことが出来れば、より普遍的な評価に近づくというわけです。

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ところがですね、建築物は一品生産なので当事者以外がその評価を下すのがなかなか難しいジャンルなのです。結果として実際に建った建物が流通するのではなく、二次複製物としての写真と解説が雑誌やメディア等の媒体を通して流通します。
それらの二次複製物を媒介として、建築物の評価が行われているといっても過言ではないでしょう。

と、同時にその建築を取り扱う雑誌においても、その主に評価するポイントがメディアごとに異なっています。

結果として、どの流通メディアに掲載されているかによって、建築的価値には大きく開きが生じています。

つまり、雑誌ごとに建築物の評価の重要度が異なっている点を理解する必要があるのです。

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次に、このチャートの具体的使い方を解説します。
6つの価値基準は、3つのグループで二分することが可能です。
この右下がりの分割では、抽象的価値と具体的価値に分けることができます。
この二分線のどちらに比重が偏っているか?が重要な理解のポイントです。

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この領域区別が非常に重要です。大衆にも訴求し専門家にも訴求するためにはここの右肩上がりのバランスが重要です。

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建築専門誌だけでなく、一般マスコミに訴求するためにはこの左右のバランスが大事です。

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具体的事例で見てみましょう。
1番目の事例は藤森照信さんの「高過庵」です。
高過庵では、ゲゲゲの鬼太郎の家のごときツリーハウスであり、文字どおり「高過ぎる」という観念的コンセプトと同時に、仕上げの土壁やグニャ曲げの板金といった具体的素材のリアリティがうまくバランスしていると同時に、細い木の上に展開する茶室的空間という漫画チックなふざけまくったシチュエーションが実際に存在するという具体的強度が特徴です。

2番目の藤本荘介さんの事例は、正直素材や仕上げに凝る余裕はないはずのチープな物件でありながら、脆弱な間仕切りがらせん状の空間を不確かに領域を仕切っているだけにも関わらず、そのような曖昧な空間の仕切りが、家とは何か、間仕切りとは何か、プランニングとは何か、建築とは何か、といった根源的問いを生み出す意味で、現世的には安物の建築にも関わらず、建築の存在意義を大いに揺らがす意味での評価が高まりました。初期フランク・ゲーリーの建築や齋藤義重を始めとする「モノ派」にも言及することが可能な、極普通のどこにでもある素材を用いながら、その具体性を超える価値を派生させようという
現代美術における試みにも通じる建築ですね。

3番目の難波和彦さんの「箱の家シリーズ」の建築ではサスティナビリティという語彙を庶民感覚に持ち込んだ事例として見ることが可能でしょう。現代建築の普遍的建材を実直に活用することで、誰でも手に入る可能性のある前衛建築のエッセンスを醸したデザインを模索され、建築物を施主と建築家の個人的な個別の一過性で終わらせることのないプロダクトデザインの領域にまで高めています。

以上のように、建築作品として評価を受けているといっても、その意味や性格が異なっていることが案外はっきりと把握可能なことがこのチャートの特徴であり、意義であることがおわかりいただけるかと思います。

そのように専門家に占有され定量しがたかった建築の評価の軸を俯瞰的に分析可能なチャートであることが立証されたといってもいいでしょう。

次に、もっとも重要な概念を図示します。

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建築とは何か?を図解したものです。
この図に指し示しているものは、概念の構造です。

世の中に建っている建物と建築家の設計する建物のどこが違うのか?わからない、とか
同時に、パッと見ぜんぜん良いと思えないものが建築家筋だけで大絶賛されていたり、とか
使い勝手が非常に悪く、出来てからすぐに故障したり雨漏れしたりしてても、素晴らしい!とされている、とか

一方、お金もかけて素材にも凝ってデザインも良いと思うお気に入りの場所なのに、全然建築系の人には褒められない建物、とか

古いお寺の脇なのに、全然場違いな近未来建築に、街並み建築賞とかって信じらんない、とか

いろいろ不思議に思ったり疑問に思ったりしたことがあるでしょう。

それは、ですね。

「建築」という言葉の用法が、建築家と一般で違うからなんです。

「言語ゲーム」として同じボールを使って、片やサッカー、片やバスケやバレーボールをしているようなものだからです。

属する集団や組織で言葉の運用や語法が違うことを研究した哲学者でヴィトゲンシュタインという人が居るのですが、

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