「ストーリーで面白いほど頭に入る木造」
エクスナレッジ
が出来ました。
西暦2XXX年。時空調査機関タイムゾーンの調査員・白鳥茜は、世界的に失われつつある木造建築の調査をすべく、現代日本へ時空ジャンプする。みずからの祖先でもある檜工務店の一家に転がり込んだ茜。さっそく昔かたぎの大工にして同社会長・檜甚五郎庇護のもと、犬型汎用支援ロボット・コルビーをしたがえ木造建築のノウハウを学んでいく。
この本をつくることについて僕が考え続けていたことをあとがきに込めましたのでご紹介しておきます。
変化をつづける木造住宅の世界で変わらないもの
森山高至
建築に携わる人もそうでない人も、いちばん身近な建物といえば木造住宅でしょう。ところが、ひとくちに木造住宅といっても、そのイメージは年齢や地域によってずいぶん異なります。ある人は、漆黒の瓦を戴いた純和風の木造建築をイメージするかもしれません。またある人は、白い板張りがまぶしい洋館風の輸入住宅をイメージするかもしれません。どうしてでしょうか? それはおそらく、わが国の木造住宅が私たちが想像する以上のスピードで年々進化(変化)しているからです。
いまの若者には想像できないかもしれませんが、つい50年ほど前、まだ日本には茅葺屋根の家がそこかしこに建っていました。文化財や保存用の建築物としてではありません。普通の人が普通に暮らす家として普通に使われていたのです。戦後20年ほど経ち、大都市圏ではそろそろ高層ビルが建ち始めようかという頃、田舎のほうではまだ築100年以上の木造住宅が当たり前のようにありました。
本作の主人公である茜が、「未来で想像していた木造建築と違う」という趣旨の発言をしますが、なにを隠そうこの言葉は、遠い未来から見た現代の風景ではなく、現代からほんの少しの過去を振りかえった私の偽らざる思いです。茅葺屋根、漆喰塗り・板張りの壁、格子の嵌った窓、障子があり縁側がある畳の間……、いまの住宅とは何から何まで違う木造住宅こそ、私が「知っている」木造住宅です。
なぜ、木造住宅は変化しつづけるのでしょう? 住宅の工業製品化によって……、新建材が次々と生まれたおかげで……、職人を大切にしなくなったから……、どれも正しい答えです。なぜなら、そもそも住宅とは居住者のライフスタイルを支えるために、その時代に最も廉価で入手しやすい材料を使い、なるべく簡易な工法を用いて、効果的かつ普遍的なかたちに収斂していくものだからです。いま私たちが「伝統的」と呼んでいる建築物も、なにも初めから伝統的であろうとしたわけではありません。たんにその時代の最先端、その時代の経済のポテンシャルがあのような建築物を生み出しただけです。商業的な賑わいを見せた港町に成功者が建てた鯨御殿や鰊御殿、養蚕場を屋根裏にしつらえ大家族が同居した合掌造り、軒を低く連ねた雁木造り、税金を抑えるために間口を狭く奥行きを深くした京町家など、個別具体的に進化・多様化した木造住宅は、すべてその時代の「当たり前」の住宅でした。現在の「ツルツル・ピカピカ」な住宅も、数世代後の世界からは「伝統的」と呼ばれるかもしれません。
同時に、住宅は時代や場所の社会資本や経済動向にも大きく左右されます。
茜が指摘したように、この数十年間に新築された木造住宅がどれも同じように見えたのは、日本各地で個々人のライフスタイルや経済事情が平準化したためともいえます。いまや住宅は、じっくり時間をかけ何世代にもわたり維持していくものではなくなりました。現在は、働き盛りの世代がニュータウンの新興住宅開発地に住宅ローンを組んで世代ごとに新築するという考えが支配的です。見方を変えれば、家づくりに付随するこの住宅ローンという巨大な仕組みが、いまの日本の金融制度の一側面を支えているともいえます。耐震等級や省エネ等級といった定量化・数値化できる性能が一般にも求められ、建て主たちもメンテナンスフリーで汚れにくい素材を選びたがるのは、住宅に金融的価値を担保できる性能を問うようになった、経済というバックグラウンドからの反映の結果でしょう。
時代や場所が変われば、住宅が変わるのも当然ということです。
ただ現在のように、大手ハウスメーカーの商品化住宅が隆盛を極め、家づくりの仕組みや素材が根底から変わりつつある時代にあっても、家づくりに携わる職人たちのチームワークや連携、これがなければ木造住宅は一棟も建ちません。地域に密着した仕事であるという点も、時代がどれだけ変わろうとも変わらない部分です。
本作の読者は、建築に携わってまだ日の浅い人、あるいはこれから木造住宅を建てようとしている一般の人が多いでしょうが、住宅の出来不出来を左右するのは、結局は施工する人たちの腕、仲間たちとの連携、彼らをまとめる親方、現場監督の力量だという事実だけは忘れないでほしいと思います。そう、檜甚五郎率いる檜工務店のように、活気あふれる会社や職人たちがいて初めて、木造住宅の現場は(あらゆる建築の現場は)成り立っているのです。
その一方、扱いやすい材料、簡便な工法、数値ばかりを追い求める業界の風潮が、このところ、家づくりの現場に欠かせない「熱」を奪い、職人たちの技やアイデア、チームの連携や地域密着さえも薄く、弱くし始めているのも事実です。茜(そして私)が現在の木造住宅にもつ違和感を最後までぬぐえないのは、いつまでも変わらないと信じていた(変わってほしくないと願っていた)部分までもが、この時代、どうやら変わりつつあるという焦りとも怒りともつかない思いに、なんとなく折り合いがつけられないからなのかもしれません。いや、それすらも、時代の反映として静かに受け入れるしかないのでしょうか。
もう間もなく書店に並ぶと思いますので、ぜひ手にとってみてください。
建築業界1年生はもちろん、一般の施主さんにも、
木造住宅の全体像をわかりやすくマニアックに楽しく解説したつもりです。