私の大学研究室の後輩で、以前は事務所をシェアしていっしょに仕事していたこともあるアイプラスアイ一級建築士事務所の飯塚さんが新国立競技場で設計上のネックになっている可動式屋根について詳細な分析をされています。転載と紹介の許可もらいましたので全文ご紹介いたします。
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新国立競技場の可動屋根 2014年7月5日記事
新国立競技場、7/7にJSCと安藤さんとJIA建築家の非公開の話し合いがあるそう。どうなるんでしょうか。私がザハの現行案で一番気になるのは、やっぱり可動式の屋根ですね。
全体の形状は、可動部の仕組みから、ほぼ決まります。その他 のデザインが決まってから、後付で可動屋根を設計する、というのはナンセンス。例えば、福岡ドームを考えてみてください。円弧に沿って開閉するから、球場 の形は円筒です。形状は、可動の仕組みときちんと対応させないとまずいわけです。
大 体これで、膜の可動屋根は全部網羅したと思うので、次に膜構造の建築物の一般的な注意点をまず整理しておきましょう。私は膜は小さな公共施設のキャノピー くらいしかやったことないので、そんなに詳しくないですけど、おそらく要点を箇条書きにすると、下記のようになるはずです。
・雨水が局所的にたまらないようにする
・膜が裏返らないようにする
・風でばたつかないようにする
雪以前の問題として、雨がたまってもいけないし、強風時の傘のように、風でひっくり返ったりしちゃダメなんですね。そして、その防止のためには、
・雨水を適切に集めて早期に排出する
・膜に適切な張力を導入する
・強制的に膜に勾配をつくる
のが大事なんじゃないかと思います。最後のがちょっとわかりにくいですけど、規模の大きなドームは、どうしても中央が平らになりやすいんですね。なので、面を細かく分割して、折り紙状に勾配をつくるというのが、膜構造建築ではよく行われます。
ということで、前置きが長過ぎますが、以上を踏まえ、問題の国立競技場の屋根を見てみましょう。
1.C種膜の問題
これは、森山さんの記事を参照いただければと思います。
2.ETFTフィルムの問題
基本設計報告書によると、競技場では、南側の屋根の一部にA種膜でなく、透過率の高い、透明の膜を検討しているとのこと。これはETFTフィルムではないのか?ETFTフィルムは、現行法規では、建築物に使えません。
3.形状そのものの幾何学的問題
上記の材料の問題が、手続きの工夫で仮にクリアになるとしても、形状の問題というのは相変わらず残ります。そこんとこが、ともかく気持ちが悪いと考えていらっしゃる方、特にベテラン建築家の中に沢山いらっしゃるのではないでしょうか。
この屋根は、非常に曲率が大きな、ほとんど平らに近い屋根です。平面は楕円で、1方向のアーチじゃなくて、2方向にゆるく曲率がついた3次曲面で、ケーブル膜と呼ばれる形状。形自体ははロンドン五輪の時の、ザハの水泳場と同じですね。
と ころがですよ。これがなんと長手方向に真っ二つに割れて、2本のアーチ周辺に収納されるという仕組みらしいんですね。短辺方向でみると谷、つまり、一番水 にとっては弱点となる部分がパッカリ割れるようなんです。最も水に弱い部分に沢山の水があつまってくるという不合理な形状。
長辺方向の根 元付近では、屋根はクロスタイと呼ばれる構造体の間に設けられたスリットの間を、するすると移動するようです。そして、そのガイドとなるのは、膜の構造体 である構造体のケーブルです。ケーブルは、風などによって3次元的に動くはずですが、そのケーブルの下を、3次曲面の蛇腹状の膜が、短時間で開閉するとい うのです。その仕組みは、上で長々と解説した過去のどの事例とも異なっている、世界初のものです。
3次曲面状の屋根をワイヤー等で引っ張ってバランスよく開閉させるには、どんな駆動の仕組みにすれば良いのか。
長手方向の最下部には雨水が集まってくるはずですが、樋らしきものはみあたりません。屋根の上の雨水はいったいどうやって集めるつもりなのか。また、左右2つのテントの重ねあわせ部には、どんな樋をしこむのか。
折りたたんだテントはどこに収納するつもりなのか。
そして、ばたつかせないように、水たまりが出来ないように、1万㎡以上の不安定な構造体にどうやって張力を導入するつもりなのか。
考えれば考えるほど難しそうです。基本設計発表時には、2本アーチを並行にしてくるんじゃないか、あるいは膜自体を諦めるんじゃないかと想像してたんですが、発表された案は傾いたキールも、膜の可動屋根も、そのまま原案通り残ってしまいました。屋根形状も変更なしでした。
ほんとに出来るんですかね?この屋根。
この屋根は膜メーカー任せにできる簡単な膜じゃありませんし、日建設計がやったところで、難しいのは同じです。発注者や審査員の先生が、今すべきことは、設計者を呼んで、可動屋根の実現性を徹底的に調査、確認することなんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
この先どうすべきかという選択肢は4つくらいあるでしょうか。
1.何もしない
設計者は、上述した、きわめて困難な問題を必死で解決、C種膜の可動屋根で計画通知は通し、工事着工前までに、新素材を開発して辻褄をあわせるということを考えているのでしょうか?
災 害拠点としても位置づけられる公共建築なのですから、仮に法的な手続きがだましだまし通ったとしても、安全性に問題があり、耐用年数が短く、常設の公共建 築で全く実績のない材料を採用することは大問題です。ひとたびトラブルが起これば、発注者および設計者は、材料選定の責任を厳しく追求されることになると 思います。オリンピックの開幕式や神宮の花火大会で競技場の屋根が燃えたりしたら、それこそ大変です。最もこれが筋の悪い選択肢だと思います。
2.屋根の形状を変える
公 共施設の屋根ですから、この可動屋根はA種膜でなければなりません。今、設計者がやるべきことは、デザイン監修者とともに、屋根の形状および、可動の仕組 みをA種膜が可能な形(たとえば大分ドームのような形)に見直すことではないかと思いますす。日本の法令を遵守した、きちんと開閉する屋根のデザインを考 えることは、デザイン監修者の当然の義務であるはずです。日本の技術力を世界に示すのも結構ですが、法律の範囲内でやっていただきたいものです。
3.可動屋根自体をやめる
屋根が必要なのはイベント時だけです。サッカーも陸上もラグビーもオリンピック開会式も、フィールド上部の屋根は必要ありません。コンペの条件を覆す事になりますが、可動屋根をやめるという判断もあるはずです。
4.建設そのものをやめる
新 国立競技場は今のまま残し、各種競技は既存の施設を利用すれば、環境負荷は最小です。そして、本当に必要な施設、機能だけをを、新築に限らず、仮設、リノ ベを含めて考えていくのが本来の正しい考え方でしょう。公共工事は基本的に予算ありきです。激しく予算オーバーするなら、そういったことも視野に入れてお く必要があるはずです。(基本設計が終わっているのですから、基本設計図に基づいた概算工事費がないのが変ですが、どうなってるんでしょうか?)
出来る限り早く結論を出していただきたいものです。
ここまで
飯塚さんは現在、使い勝手を考慮した丁寧なプランニングと大胆な立体的空間構成の住宅作家として大ブレイク中です
本年中にもこれまでの設計活動を集大成した書籍が出版される予定ですが、元々は大高正人先生の最後のお弟子さんとして大規模な公共物件に携わられていましたから、こういった大型施設にも強いですね。